30年で500枚。‟のれん”で町の価値を変えた岡山・勝山の歩み

会計において「のれん」とは、ブランドや信用、顧客との関係など、財務諸表には表れにくい価値を指す。その語源である店先の暖簾も、もとは屋号を掲げ、店の信用を示すものだった。
 
岡山県真庭市には、この本来の意味での暖簾を、町全体の価値に育ててきた地域がある。旧出雲街道沿いの城下町で、軒先ごとに色も柄も違う暖簾が掛かる勝山だ。1996年に始まった取り組みは今年30年目を迎え、今年度中に累計500枚に届く見込みだ。
 
すべての暖簾をデザインし、染めてきたのが、ひのき草木染織工房の加納容子氏だ。一枚の布が住民の意識や町の評判、さらには行政や外部の評価をどう変えてきたのか、話を聞いた。
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加納 容子

ひのき草木染織工房/染織家

岡山県真庭市勝山生まれ。東京の美術大学で学び、十数年を東京で過ごしたのち帰郷し、家業の酒屋を継ぐ。独自の絞り技法を使った暖簾づくりを続け、1996年から勝山の町並みの暖簾をすべて手がける。

夜11時まで開く酒屋の明かりから始まった

加納氏の生家は、もとは造り酒屋だった。戦時中に製造をやめ、その後は小売の酒屋を営んできた。酒屋を継ぐために東京から勝山に戻った加納氏は、店を朝7時から夜11時まで開けることにしたが、夜の勝山を歩く人はほとんどいない。そこで作ったのが最初の暖簾だった。

「せっかく11時まで開けているのだから、たまに通る人がお酒を買って帰ろうと思ってくれたらいいなと思ったんです」(加納氏)

モチーフは満月を思わせる大きな丸がひとつ。店の明かりがその丸から漏れて、まだ店が開いていることが外に伝わるようにと考えた。染料には、地元の特産であるヒノキの樹皮を使った。この暖簾は今も同じデザインで店先に掛かっている。

写真 岡山県真庭市

ひのき草木染織工房/染織家の加納容子さん

町内の積立金から始まり、行政の助成へ

この暖簾をきっかけに、近隣からも制作を頼まれるようになる。 町の中で最初に依頼をくれたのは、通り沿いで水道業を営む店のご主人だった。事務所を構えていたが、ガラス越しに通行人と目が合うことや、夕日がまぶしいけれどカーテンを引くと店を閉めているように見えることが悩みだった。暖簾なら、店が開いている印になり、視線も光も遮ることができる。

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