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コラム

マーケティング・ジャーニー ~ビジネスの成長のためにマーケターにイノベーションを~

なぜ、マーケターはロイヤルティ神話の“ユニコーン”を追い続けるのか?

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バイロン・シャープの「ロイヤルティ神話にとどめを刺す」

©123RF

このコラムで2年前に紹介した豪アレンバーグ・バス研究所のバイロン・シャープ氏とジェニー・ローマニウク氏の『How Brands Grow(邦訳『ブランディングの科学』)』ですが、最近2010年に出版された前作の6年後の続編の邦訳が出版されました。

続編といいつつ、基本的な考えは前作と変わらず、前作で展開した「ブランドが成長するための科学的原則」が、どのような市場においても機能するということをより具体的な例を挙げて解説しています。特に書籍の前半は「ロイヤルティの神話にとどめを刺す」と宣言している通り、前作で最もマーケターの反感を買ったと思われる「ダブルジョパディの法則」について改めて強調しています。

参考:マーケターが陥りやすい『ターゲティングの罠』『ロイヤリティの幻想』

ロイヤルティの幻想は、なぜそこまで魅力的なのか

なぜ、バイロン・シャープ氏とジェニー・ローマニウク氏は、このような提言をするのでしょうか。これは逆に言えば、マーケターにとって「ロイヤルティ」というのはそこまで聖杯のように魅力的に見え、探求したくなるということでもあります。そこで改めて「ロイヤルティの幻想」がどうしてそんなに強力に響くのかその理由と、それがどのような幻想なのかを解説していきたいと思います。

幻想①【ロイヤル顧客はビジネスを動かせる】
ロイヤル顧客という語の定義は、
1. ブランドに対する態度(好意、愛着、意向など)の心理的ロイヤルティをもつ顧客
2. ブランドの購買が実際多いか少ないかの行動ロイヤルティをもつ顧客
の2種類ある。マーケターは特に心理的ロイヤルティを過大評価し、これをマーケティングによって変化させることでブランドのビジネスを変化させることができると信じてしまう。

ブランドはその市場浸透率に応じて、自然と繰り返し購買されるようになっていきます。それは②の行動ロイヤリティのことでバイロン・シャープ氏は、これを「ダブルジョパディの法則」と呼んでいます。それは市場シェアが小さければ相対的に行動ロイヤルティも低いということです。一方で行動ロイヤルティは、トップブランドと下位ブランドには市場シェアほどの大きな差がないため、行動ロイヤルティが傑出して高いということは起こりにくいわけです。

したがってバイロン・シャープ氏によれば、マーケターがときどき夢見る、心理的ロイヤルティが高いゆえに行動ロイヤルティが通常より高いケース、つまり購買者数は少ないが購買頻度が高いことで売上が高いようなブランドは原則的には存在しないということです。

それにも関わらず、バイロン・シャープ氏によれば、マーケターはこの心理的ロイヤルティを過大評価しているというのです。彼はよくマーケターが例に挙げるアップルやハーレーダビッドソンなどのブランドを取り上げ、いかに一部のユーザーが熱狂的な顧客であっても、使用者全体では平凡なロイヤルティしか示してないことを指摘します。

加えて行動ロイヤルティが高い人たちが売り上げ全体に占める割合は、パレートの法則よりも低いと指摘します。つまり8:2ではなく、せいぜい6:2ということです。このため、その数量的な価値はそこまで高くないというのが次の論点です。

もちろん、これらの顧客の行動ロイヤルティ、つまりは売り上げを上げることは不可能ではありませんが、現実的には、自然発生的に作り出される行動ロイヤルティとはマーケターがブランドを成長させる手段としては、コントロールしにくい要素と言えます。また、そもそもの顧客規模の少ないブランドでは、ロイヤル顧客の数も決して多くはないため、彼らの購買頻度が少し増えるだけではビジネスを動かすことは難しいというわけです。

幻想②【ロイヤル顧客は実際より大きく見える】
行動ロイヤルティの高いロイヤル顧客は、マーケターには目にとまりやすく、また既存の顧客としてアプローチしやすく追跡しやすいため、彼らをターゲットにしたマーケティングを実施することで目に見える成果を得やすいと感じてしまう。

行動ロイヤルティの高い顧客はたしかにブランドにとっては上得意顧客です。彼らはブランドが導入するCRMなどのシステムで検出できるので、ケアすることはもちろん大事です。

しかしながら、ブランドのビジネスの成長に寄与するかどうかは、行動ロイヤルティの高い顧客が余計に購買を増やせる余地がどの程度あるのか、その数がどれだけ大きくて影響力があるかの2点で決まります。

行動ロイヤルティの高い顧客というのは、得てしてカテゴリーのヘビー消費者であることが多いとバイロン・シャープ氏は指摘します。それは自社ブランドの上位顧客は、他社ブランドの上位顧客でもあるということです。したがって余計に購買を増やす余地はほとんどないばかりか、その行動ロイヤルティの高い顧客は変化していきます。

またそのような顧客はブランドの顧客の中でも数が少ないため、仮に購買を増やしてもブランドの売上全体にはインパクトが少ないのです。バイロン・シャープ氏はヘビー消費者のなかで自社ブランドに対するロイヤリティが高い顧客を夢見がちですが、そのような顧客は「ユニコーン」であり幻想だと指摘するのです。

幻想③【ロイヤル顧客は口コミ効果が大きい】
行動ロイヤルティの高い顧客は、実際の購買に対する影響が少なかったとしても、市場のオピニオンリーダーであることが多いので、他の顧客に対する口コミのようなコミュニケーションの影響力が高いために価値があると考えてしまう。

デジタルメディア、特にソーシャルメディアによって注目されるようになったのは口コミのような効果がデジタルで可視化されたためで、フォロワー数の多いインフルエンサーを媒介とするマーケティングはこれを活用した手段です。これを先ほどのブランドの行動ロイヤルティの高い顧客と結び付けられるかどうか、という点です。

バイロン・シャープ氏は『How Brands Grow Part2』において口コミ自体は否定せずとも、心理的ロイヤルティあるいは行動ロイヤルティが高い人たちが口コミをしてくれたとしても購買インパクトの論理と同様に、デジタルに限られるのであれば他のメディアのように大きなリーチを稼ぐことはないと主張します。それと同時にソーシャルメディア上でブランドについて発言するという行為は、多くは自分の知人に向かってされる会話なのであり、そこで購買のアドバイスを求めている人のためのものではないので、思った以上に効果的に機能するようなものではないということです。

しかもバイロン・シャープ氏は、ポジティブなデジタル上の口コミは、それをすでに買おうと考えている人にリーチはするものの、口コミ自体の追加効果はすでに買おうという意思があるので弱く、実際にその効果が高いと思われるこれから買うかどうかわからない人たちにはリーチは少ないことを示しています。つまり、実際の効果とリーチにギャップが存在するのです。

幻想④【デジタル化によるマーケティングの成果志向】
デジタルマーケティングが主体となった現代では、なるべくロイヤルティの高い顧客のみにターゲティングができるので、彼らに最適なマーケティングメッセージを届けその成果を即座に可視化することによって、効果をすぐさま最大化できると思いこんでしまう。

マーケティングの仕事はロイヤルティの高い顧客を囲い込むことであると考えると、デジタルマーケティングにおいては、そのターゲティングの精度の高さをもってロイヤル顧客を囲い込み、彼らにデジタルチャネルを使って継続的に最適なマーケティングすることが可能であれば、その成果を判断しながらロイヤル顧客を育成できるはずです。

それがデジタルによるロイヤリティプログラムの考え方であり、CRMですが、これが見落としているのは対象となる顧客のスケールと、そのプログラムを維持するためのコストです。バイロン・シャープ氏はすべてのロイヤルティプログラムは「お金の無駄」と断定しているのは、そのリストに載っているのが既存顧客でしかないために、ブランドが成長するための顧客基盤が小さ過ぎるという理由からです。

デジタル化で結果が短期的に得られるようになると、それを分析的に捉えれば捉えるほど、効率化を目指しがちですが、やればやるほど効果に貢献する実数が少なくなり、効率は上がっても得られる目標数に到達できなくなります。既存顧客だけをスコープにするロイヤルティプログラムが得られる成果が小さ過ぎてコストに見合わないというバイロン・シャープ氏の批判はそのような現実からくるものです。

幻想⑤【ロイヤル顧客はいつまでもロイヤルティが高い】
ロイヤルティの高い顧客はブランドの最も安定した固定客である。彼らは文字通り忠実な顧客として繰り返し購買してくれるため、継続的に価値をブランドにもたらしてくれるので、彼らを囲い込み維持するだけでブランドは成長できると信じてしまう。

CRMではCustomer Lifetime Value=CLV(顧客生涯価値)という言葉で、その顧客が生み出す価値がワンショットではなく、ブランドに対して長期的なインパクトがあることを前提としています。マーケターがロイヤルティを重視するのはこの継続的な価値がブランドの売上を左右するからです。一度買ってくれた顧客が戻ってくること、あるいは買い続けてもらわなければブランドは安定した売上を維持できないからです。

ブランドが成長するためには、このような安定性は重要です。顧客が離れる理由のひとつは、商品に満足しないことが考えられますが、実際のところ、商品が未熟な段階のものは別として、多くの商品カテゴリーでは市場が成熟し、品質では差がつきにくいので、商品に満足しないことでの離反は少ないでしょう。したがってそれ以外のマーケティング要素が大きく作用することで離反が決まると考えられます。

この点についてバイロン・シャープ氏は、行動ロイヤルティをもとにした顧客の分類や離反は、市場浸透度、つまり顧客ベースの大きさによって決まると指摘しています。これは継続して買う理由の大きな点は、その商品が手に入りやすい状態であるか、ということが心理的にも(いかに想起しやすいか)、物理的にも(いかに幅広く流通しているか)大事だからです。

つまり市場の下位ブランドが、上位ブランドに比べて行動ロイヤルティが高い顧客数が少ないことを懸念するのであれば、顧客のロイヤルティを疑うより、市場浸透度を拡大することを気にしたほうが良いということです。その意味で行動ロイヤルティの高さは、ある程度そのような条件で確率的に決まるものであって、マーケターが思うほど安定していません。それは良い意味でいえば、多くの顧客は自然と繰り返し買う傾向にあること、一方で悪い意味でいえばその行動ロイヤルティは変わることがあるということです。

マーケターは単に特定の顧客の行動ロイヤルティの上下に一喜一憂するのではなく、彼らが買う機会を得やすいような心理的な手に入りやすさ(バイロン・シャープ氏の言葉でいえばメンタルアベイラビリティ)、と市場浸透度を上げるための物理的な手に入りやすさ(同じくバイロン・シャープ氏のいうフィジカルアベイラビリティ)を高めることが重要だということです。

最後に、なぜ未だにロイヤルティ神話がこの時代でもマーケターが追い求めているのかという背景をいくつかあげておきます。まず多くの先進国の生活用品をはじめとするカテゴリーにおいては、ブランドの成長機会そのものが少ない成熟段階にあるからです。このような場合は成長ドライバーである市場浸透度に限界が見えている場合が少なくありません。だからこそ既存顧客のリピート率を上げ、離反を少なくする点に特に注目することになりがちです。

もうひとつの理由は、ソーシャルメディアの浸透によって個々の顧客がデジタルチャネルを通して発信するようになり、またデジタル上の情報を得やすくなり、顧客の姿をデジタルで捉えることが可能になったことです。これにより、ワントゥワンマーケティングやパーソナライゼーションなどのこれまでマスマーケティングでできなかった個々の顧客に合わせたコミュニケーションができるようになったことがあげられます。

デジタルチャネルを通して行動ロイヤルティを個々の顧客ごとにコントロールすることができるという幻想が生まれやすいのも、こういったデジタルマーケティングへの信頼が前提となっているからです。実際バイロン・シャープ氏も、オンライン空間ではフィジカルアベイラビリティに差が付きにくいことから、通常よりもロイヤルティが高くなることを指摘しています。オンライン上の購買では、たしかにその意味でロイヤルティ顧客がより目立つことと、その価値が高く見えることは否めません。

しかしながらそれは競合ブランドも同じ条件であり、フィジカルアベイラビリティに差がつきにくいということは、オンライン上とオフラインにおいての双方のメンタルアベイラビリティが影響すると考えられます。オンラインで成功したブランドが結局、成長するためにはオフラインでの接点を確保しようとするのは、アメリカのD2Cブランドがこぞって実際のオフライン店舗に進出しているのを見れば頷けることです。

デジタルテクノロジーによっていくら顧客の姿が可視化できるようになっても、顧客の購買行動自体は変わることがありません。今の時代のロイヤルティの神話は、テクノロジーに対する神話と似たところがあります。顧客のロイヤルティがいくら見えるようになっても、それを変えることができるのは顧客にアプローチするテクノロジーではなく、顧客のニーズに対応した購買機会を思い出させ、そして買い易くすること以外はないのです。