震災を知らない世代に語り継ぐ「仕組みづくり」に注力
岩手日報社は3月11日、東日本大震災をテーマにしたテレビCMの放映を開始した。公開したのは3タイプで、同社の震災広告が学校教材として広がった授業風景をまとめたCMのほか、被害にあった遺族が詩を朗読するCM、被害が比較的少なかった人々が当時の様子を語るCMを展開する。震災発生から15年が経過する中、悲劇や後悔を語り継ぐことで、風化を防ぎ、防災意識につなげる狙いがある。
岩手日報「最後だとわかっていたなら教育プログラム」授業風景篇_2026.3.11
岩手日報「最後だとわかっていたなら2026篇」2026.3.11
今回の放映では、震災広告「最後だとわかっていたなら」を軸にした複数の映像を公開した。テレビCM「最後だとわかっていたなら2026篇」では、震災で母がいまだ行方不明の男性や、母を亡くした女性らが、当たり前に来ると思っていた明日や大切な人を失った悲しみ、後悔を語る内容となっている。祖母を亡くした女性は「確かにいつも明日はやってくる。でももし それが私の勘違いで今日で全てが終わるのだとしたら 私は今日どんなにあなたを愛しているか 伝えたい。」と語り、日常の延長線上にあるはずの明日が失われた現実を伝えている。
岩手日報「最後だとわかっていたなら教育プログラム」授業風景篇_2026.3.11
授業風景を収めたCMでは、「拡がる教材篇」「最後の授業_大阪篇」「最後だとわかっていたなら教育プログラム」授業風景篇を展開する。背景にあるのは、岩手日報の震災広告「最後だとわかっていたなら」が、昨年から学校教材として全国に広がっていることだ。
もともとは、この広告を目にした全国の教師たちが、いわば「勝手に」道徳の授業の題材として使い始めたことがきっかけだった。岩手日報は、昨年に自社広告が教材として使われていた状況を受け、正式な教材として整備。すると、実際に授業を行った教職員の口コミを通じて広がり、学校や自治体を含む全国160校へと拡大したという。今回のCMでは、その広がり自体を各地の授業風景として編集し、可視化した。
岩手日報「あの日_陸前高田の電気屋さん篇」2026.3.11
「あの日、わたしは、」シリーズでは、大船渡市で震災にあった新聞記者、仙台の病院で被災した母親、仙台市内の教職員など、さまざまな立場の人々が当時の記憶を証言する。「あの日_陸前高田の電気屋さん篇」では、現在も陸前高田市で消防団活動を続ける電気店の店主が登場。停電で信号機が止まっていたこと、消防団として動いていたこと、防災無線の話し方が荒々しく変わっていたこと、津波に追いかけられたことなどを振り返る。映像は「あの日を語り継ぐ。未来の悲劇や後悔を防ぐために。」というテロップで締めくくられる。
