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環境倫理学入門(2)環境問題としての尖閣列島

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図2

開発経済学の第一人者と目されているジェフリー・サックス(Jeffrey Sachs,1954年-)の著作*3から、中国に関するグラフを引用したい(図2)。

中国では国民一人あたりの所得が一年間4000ドル(1日約11ドル)に達している。しかし、最低水準の生活を強いられている人々の存在は18%ぐらいのところで足踏みをしている。これは経済成長によって中国内の所得格差が拡大したことの確かな証拠になる。

中国では経済成長によって、「資源の枯渇と環境破壊が進行する」「社会的な不平等が拡大する」「新しく中間層の仲間入りした人々が政治参加への意欲を高める」というような事態となると、わき上がる社会不安のエネルギーが過激なナショナリズムの方向へ向かうという条件がすでにそろっている。 尖閣列島問題は、中国の資源問題とナショナリズムという二つの激流が、合流するところにある。

いずれにせよ中国に向かって「エネルギー消費の増大を止めよ」と命ずることは誰にもできない。どのような破綻を招くにせよ、ともかく成長することだけが、社会的安定の必要条件なのである。

無人島の領有権

民間機から見た尖閣諸島(左から魚釣島、北小島、南小島)

入植者でも侵略者でもない定住者の存在する土地ならば、その土地の領有は住民の意志によるのが原則である。たとえば東チモールは、住民の意思によってインドネシアから独立した。無人島の領有権は、かつてそれを所有した人の事跡にもとづくという考え方は危険であり、無効である。どんな土地争いでもそうなのだが、領有を主張する者は古い証拠書類を持ち出して根拠にする。一つの国家の中で所有権についての法律がすでに定められていれば、その古い証文を法律に照らして審査すれば、帰属が決定されるだろう。

国家と国家の間で、まだ証拠の扱いについての取り決めがないときに、古い証拠書類を持ち出しても、争いの決着はつかない。国民国家の主権性という原則を振りかざすなら、軍事力で決定する以外にない。

「軍事力による決定をすべて無効とする。軍事力によって自国に有利な権益を得ることはできない」というあらゆる紛争の平和的な解決を義務づける超国家法が、いつか有効になることを願うとすれば、軍事力によって領土を守るという姿勢を捨てなくてはならない。

無人島は自然のものである。どこかの国家のものとすると、それによって土地に所有権が設定されて、土地が利用され、開拓され、鉱山、油田、ガス井などが作られる。無人島は、南極大陸も大きな無人島であるが、どこかの国家のものとしてはならない。尖閣列島は地球の公共財として、永久に領有・所有を禁止し、開発をまぬがれるべきだ。


引用・参考文献
*1 中島隆博『共生のプラクシス』東大出版会、2011年、185頁
*2 ポール・コリアー『民主主義がアフリカ経済を殺す』甘糟 智子訳、日経BP社、2010年
*3 ジェフェリー・サックス『貧困の終焉』鈴木 主税・野中 邦子訳、早川書房、2006年

加藤 尚武(かとう・ひさたけ)
1937年東京都生まれ。哲学者。鳥取環境大学名誉学長(初代学長)。東京大学特任教授。京都大学名誉教授など。1980年代に「バイオエシックス(生命倫理学)」を日本に導入。環境倫理学の創設者としても知られる。『バイオエシックスとは何か』( 未來社,1986 年)、『環境倫理学のすすめ』(丸善ライブラリー,1991 年)、『共生のリテラシー――環境の哲学と倫理』(東北大学出版会, 2001年)、『環境再生・共生を考えるための31 のヒント』(丸善,2004年)ほか著書多数。

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