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コラム

右手に常識、左手に非常識。――関西「広告」クリエイティブの源泉  

商品をほめすぎたら、あかん。

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【前回コラム】「「完成度」より「伝達度」を上げる。」はこちら

100円のものは100円に見せることのだいじさ。

(c)Oleksandr Pakhay/123RF.COM

今回は、「商品を必要以上にほめることは、決してプラスに働かない」という話をさせていただきます。企画をするうえで、「商品をほめすぎない」ことはだいじなことだと思っています。広告で、「おいしい」などと商品をほめることは当たり前のことで、見る人はそれを簡単には信用してくれないからです。

僕が若いころ、「100円のものは100円に見せることがだいじなんや」、とよく言われました。

100円のものを200円に見せようとすると、100円分のウソをつくことになります。ウソまではいかないとしても、100円分の飾りをつけることになってしまうわけです。でも、そのウソや飾りはすぐに見透かされてしまう。世の中の人は賢いですからね。
さまざまな情報をあらゆるところから入手できる今は、なおさらそうでしょう。

で、ウソや飾りが見透かされてしまうと、その時点でコミュニケーションの糸は断たれてしまう。
もちろん、興味も持ってもらえない。悪くすれば、その商品や企業は信用されなくなってしまいます。
自分の自慢ばかりしている人は、人から見透かされるし、信用してもらえませんよね。

商品をその価値以上に見せようとすることは、逆にその価値を下げてしまうことにもなりかねません。もともとは100円の価値があったのに、商品をほめすぎたがために、その価値が50円になってしまったりする。そういう恐れが大いにあるわけです。

だいじなことは、100円のものは100円のものとして描くこと。商品を持ち上げず、ウソをつかず、飾らず、自分がほんとうにそう思うことを描くこと、だと思います。

「きれいなこと」より「ほんとうのこと」が人の心を動かすのだと思います。

ただし、100円のものを単に100円に描けばそれでいいということではなく、その商品ならではの100円の価値を魅力的に描き、興味をもってもらい、好きになってもらう。そういうコミュニケーションをめざさないといけない。だから、企画するという仕事は難しい、そしておもしろいんだと思います。

そもそも、商品をただ単にほめるだけの企画をつくることは、それほど難しいことではありません。むしろ、らくでしょう。でも、らくだからといって、ただほめるという安易な方向に向かってしまったら、たぶんその商品のほんとうの価値は見つけられないし、共感してもらえる企画はできないだろうと思います。

次ページ 「今回も、「ケンミンの焼ビーフン」を例に話を進めます。」へ続く