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スパイクス・アジア審査委員長の木村健太郎さんに聞く — 「審査を通して見えた日本のデジタル広告の課題」

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日本のデジタルクリエイティブが抱える課題

—かつて、デジタル部門は日本の作品が強かった時代がありますが、最近はいかがでしょうか?

木村:今回は、幸い日本に3部門でグランプリ2つとゴールド2つを出すことができましたが、残念ながら、以前のように、デジタルでは日本が圧倒的に強いという風には全く感じません。

日本の作品はエントリー数は多いのですが、キャンペーンのストーリーに無理があるものが多いんです。説明ビデオを見ていても、筋はわかるのですが、根本にある課題、あるいは人間を見る目が浅い、あるいはケースビデオを作るときに後付けしているから、不自然になっているものが多いのではないかと思います。

例えば、「日本にはこんな問題がある」「日本人はこうだ」という課題設定で始まるケースビデオが多いのですが、その段階で「ん?」と目を見合わせてしまうことがあるんです。海外の審査員は日本のことがわからないから上手に日本の特殊な事情を説明しなくちゃ、という意図なのでしょうが、最近のアジアの審査員達は日本に行ったことがある人も多いし、日本のことをとてもよく知っているから、そういう不自然な課題設定は簡単に見抜かれてしまうんです。もっと誰もが共感する人間の本性をとらえないと。

—それは、もったいないですね。

僕は、これはケースビデオだけの問題だけではないと思います。

クライアントとエージェンシーが課題を共有して解決の方向を探る時点で、本来なら人間についての深い洞察が必要なはずなんですが、日本のデジタル作品は、その時点で本質的な発見をしないまま、クラフトや表現などのエグゼキューションフェーズで解決しようとすることが多いような気がします。もともと日本のデジタルは、テクノロジーを使った表現手法やクラフトが圧倒的に強かっただけに、いまでもそれに頼りすぎているのかもしれません。

社会、人間の本性、ヒューマニティという部分をもっと本質的にとらえた本質的な解決策を考える必要があると思います。

—人間の本性をとらえた本質的な解決策とはたとえばどういうことですか?

今回の受賞作で言うと、SNS上のいじめを減らすために開発された「Reword」というオーストリアの作品がゴールドを受賞しました。子供達がいじめにつながる文章をSNSに打とうとすると、ワードソフトでスペルを間違えたときのように、その瞬間に警告が現れるJava Scriptを利用したグーグルクロームのエクステンションです。ネット上のいじめ問題は、単に啓蒙したりいじめた子供に指導したりするだけではなかなか解決しない難しい問題です。Rewordは、メールを書く瞬間を捉えていじめを未然にふせぐという点と、出来心で侮辱的な文章を書いてしまった子供達に正しいモラルを教育するというふたつの点で、人間性をとらえた本質的な解決策になっていると思います。

HEADSPACE「REWORD」(オーストラリア/LEO BURNETT)
(注)動画URLは、公式サイトで一定期間閲覧可能。

もうひとつ例を挙げると、オンラインビデオで社会的なムーブメントを作ってゴールドを受賞したインドの「Dads#ShareTheRoad」(P&G)というアリエールの作品。「男女の家事分担」というよくある普遍的な社会課題をテーマにしているのですが、これも今までよりも一歩本質的な解決策だと思いました。例えば、旦那ではなくて奥さんのお父さんが家事を始めるとか、家事の種類で分担しても続かないから曜日で分けるカレンダーを作るなど、提案にアイデアがある。さらに、男性が苦手な料理ではなく、男でもできる洗濯を分担しようということで、アリエールに結びついています。

P&G「DADS #SHARETHELOAD (CASE STUDY)」(インド/BBDO)
(注)動画URLは、公式サイトで一定期間閲覧可能。

—なるほど。では、日本のデジタルクリエイブはどうしたら強くなるのでしょうか?

日本の場合、マス広告を作るプロであるマス広告職人と、デジタルありきでエグゼキューションを考えるデジタル職人には優秀な人がたくさんいるけど、その上で、ニュートラルにディレクションするCDがまだまだ少ないような気がします。

さきほど話したモバイルのグランプリの「ハングリズム」は、アイデアの段階から、ブランドのコアメッセージをどう社会に連結して、人々の購買行動を刺激できるか、根本から考えたからこそ生まれたデジタル主導のキャンペーンですよね。

クライアントと一緒に課題や予算配分自体を深く掘り下げて、人間の本性を発見するところからデジタルを考えられる人が増えたら、日本のデジタルクリエイティブはもっと強くなるはずだと思います。

実は日本には、クライアントとエージェンシーの関係で他の国より進んでいることがあります。ブリーフ(クライアントが作成するプロジェクトの概要)がない状態からプロジェクトがスタートすることが多い。商品開発から共働することも多い。欧米の場合は、ブリーフがなければ動かないですよね。だから、そこにアドバンテージがあると思います。
あと、商品開発、PR、広告など、デジタルも含めて垣根があまりないので、本質的な解決に取り組む環境は揃っていると思います。

—最後に、日本のクリエイターに向けてメッセージをお願いします。

木村:カンヌでもスパイクスでも、アワードに関して言えば、表現上や手法上のアイデアでなく、ブランドや社会の根本課題を解決する斬新でスケールの大きな仕事でないと、ゴールド以上は今はなかなかとれません。

また、日本には、優れたブランドがたくさんあり、優れた統合キャンペーンがたくさん作られていますが、そのほとんどは、従来のメッセージ文脈やキャンペーン構造の焼き直しであるため、国際賞では評価されにくいのが現状です。
デジタルでもリアルでもPRでも、プロダクトやサービス開発でも、あるいはCMやグラフィックでも、もしかしたら広告以外のアクティビティでも、ブランドの課題を本質的に解決する鮮やかなアイデアを中心に置いて、それを様々なメディアでブーストして大きなインパクトを生む統合キャンペーンこそが、みんなが嫉妬するお手本として待たれているように思います。

—ありがとうございました。

木村 健太郎(きむら けんたろう)
博報堂ケトル代表取締役共同CEO
エグゼクティブクリエイティブディレクター

1992年に博報堂入社後、ストラテジーからクリエイティブ、デジタル、PRまで職種領域を越境したスタイルを確立し、2006年、従来の広告手法やプロセスにとらわれない「手口ニュートラル」をコンセプトに博報堂ケトルを設立。マス広告を基軸としたインテグレートキャンペーンから、デジタルやアウトドアを基軸としたイノベーティブなキャンペーンまで幅広い得意技を持つ。これまで8つのグランプリを含む100を超える国内外の広告賞を受賞し、2014年アドフェスト プロモ&ダイレクト部門審査員長、カンヌライオンズ チタニウム&インテグレート部門審査員など20回以上の国際広告賞の審査員の経験がある。海外での講演も多く、2013年から3年連続でカンヌライオンズ公式スピーカーを務めた。共著に『ブレイクスルー ひらめきはロジックから生まれる』(宣伝会議)がある。