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「今年のアップデートでも、今月のアップデートでもなく、まずは君のアップデートを聞かせてくれ」
仕事をしていると、頻繁にではありませんが、心の琴線に触れる言葉に出会うことがあります。ある言葉がぐっと心に迫ってきて、まるで自分が映画のワンシーンに放り込まれたような感覚になります。以前勤めていた会社で、この言葉をイギリス人の上司からかけられたときが、まさにそうでした。
グローバル本社にいるSVP(上級副社長)で、もともとドットライン(サブ的なレポート関係)のような間柄でしたが、上海で顔を合わせたことをきっかけに月に一回電話で会議をすることになり、その日が初めての定例の電話会議でした。
その週はとても立て込んでおり、当日になるまでミーティング用の資料を準備できませんでしたが、多忙を極めるSVPの時間をもらうのだから最大限有益な会議にしようと考え、お昼休みの時間も潰して入念に資料を準備しました。熟慮を重ねた末、今年に入ってからその時点までのビジネスパフォーマンスをまとめた資料と、直近月のビジネスパフォーマンスを細かく分析した資料を2つ作成し、その旨の説明を添えて事前にメールで送付しました。
電話会議の直前まで外出先でカンファレンスに出席しており、時間になったので途中で抜け出すと、会場のロビーで人気のない場所を見つけラップトップを開いて、携帯電話のテザリングでインターネットに接続。オンライン電話会議のシステムに入ったところ、彼はすでに入室していました。遅れたことを詫び、すでに送っていたメールを見ているかどうか確認して、「今年のこれまでのアップデートと、直近月の細かいアップデート、どちらを先に説明するのがよいか」と聞いたところで、冒頭の台詞です。そして、こう続けました。
「上海で会ってから、変わったことはない?忙しすぎたりはしていない?不安や不満に感じていることはない?ぼくはビジネスよりもまず君のことが知りたいんだよ」
この言葉を聞いて、私はとても安堵すると同時に、同じく部下を抱えるマネージャーである自分に同じ状況でこの言葉が言えたかな、と半ば自信喪失してしまいました。それが本意であるかどうかは別としても、そう言葉をかけたときの効果を意識して、その場でテクニックを駆使することができたか。月一回の30分の電話会議を、そのようにマネージメントに活用できたか。マネージャーとして明確な実力の差を思い知りました。
この会社は世界中でビジネスを展開するグローバル企業でしたが、直接の上司にあたる香港ベースのVP(副社長)とも忘れられないエピソードがあります。北アジア地区全体のデジタルマーケティングとeコマースを管掌する彼女と一緒に内容を詰めた、日本のeコマース戦略を日本の経営陣にプレゼンした際のことです。私が作成した原案を見た彼女は、いくつかフィードバックをしてくれたのですが、私はオリジナルの内容に固執し、彼女のフィードバックを突き返していました。彼女は非常に厳しい上司で、時に激しい議論にもなりましたが、そうして時に楯突く私を評価してもくれていました。
しかし、プレゼン当日、私は肝を冷やしました。彼女が事前にしてくれたフィードバックとまったく同じチャレンジを、日本のリーダーシップチームから受けたためです。しかし、彼女は、「だから言っただろう」という素振りを少しも見せず、完全に私の側に立って一緒に論戦を戦ってくれました。このときも、非常に心強かった反面、申し訳ない気持ちと、自分にも同じことができるか、という自信喪失でとても複雑な心持ちだったことをよく覚えています。
これら2つは素晴らしいリーダーシップの実例ですが、2人ともグローバルなマーケティングカンパニーのVPとSVPなので、世界一線級のマーケターでもあります。彼女たちが一線級のマーケターたるゆえんは、リモートの(離れた場所にいる)チームでも、多国籍のチームでも、効果的にマネージできるスキルとテクニックを持ち合わせていることです。
マーケティングに関する知見はもちろんですが、世界中からタレントを集め、チームを編成し、それをマネージする能力こそが何より重要です。どんな仕事でもそうだと思いますが、こと変化の早い現代のマーケティングにおいては、人材の流動性こそが雌雄を決します。
日本のマーケターが世界で活躍するには?という話をするとき、英語力や最新のデジタルの知見に論点が設定されがちですが、より本質的なのはこのようなマネージメント能力、多国籍で多様なチームを構築し、それを効率的に機能させるスキルやテクニックです。
例えばアメリカにはデジタル広告運用などに関して実地経験を持っている、専門知識豊富な現場レベルのマーケターがたくさんいますし、教育レベルが高く自国の経済が小さい東欧諸国のマーケターは、いつでも国境をまたいで職探しをしています。
彼らと専門知識レベルの勝負をするのではなく、彼らをいかに組織してマネージするか、という点に視点を移していかないと、日本のマーケターが世界で活躍する日は近くないかもしれません。
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