【前回のコラム】「私を変えた凄い人たち — 2人目 樹木希林さん」はこちら
3人目は、岡康道さん。
90年代半ばから、日本の広告界を代表する目立つ仕事を連発し、
タグボートを設立してから今も先頭を走り続けています。
間違いなく広告史に残る偉大なクリエイターです。
二十数年前の電通で、私と同期の新入社員4名が4CD局に配属されました。
そして、その新人5名を統括して、能力を引き上げるメンター役が岡さんでした。
当時の岡さんは、クリエイター・オブ・ザ・イヤーを獲る前年で、作る広告がすべてヒットし、ノリにノっていました。全身からは何者にも有無を言わせぬ無敵オーラが出ていました。
岡さんとの初めての挨拶の時に、私がラグビーをやっていたことがバレました。その週の土曜には岡さんが主将をしていた社会人タッチフットボールチーム『リベンジャーズ』の練習に連れて行かれ、有無を言わさず入部させられました。
いろんな会社の人で構成されたチームでしたが、皆、余暇の運動とは思えないほどの真剣さで取り組んでいました。土曜、水曜の練習の他に、大会前には合宿もしていました。どこにそんなにモチベーションがあるのか不思議でした。
水曜は19時30分から、日比谷公園での練習が始まります。
皆さんは、夜の日比谷公園に行ったことありますか?
数メートル置きにあるベンチには、高校生から大人まで、けっこうな数のカップルが座っています。そして、キスしていたりするのです。
その中を、我々はパンツ一丁になって着替えるんですね。
そして、迷惑そうな目でこちらを見ているカップルの前を黙々と走るんです。
私は、それがとても嫌でした。
ある日、
「松尾、オレたちは学生の頃もこうやって走らせられてたな。
大人になっても何も変わってないじゃないか…」と
岡さんが大袈裟に嘆いた時に、恥ずかしさと情けなさが入り混じっていた気持ちが、一転して、「今、笑えることをしているんだ」と思えました。
「企画する視点で物事を捉える」ってこういうことなんだと目から鱗が落ちました。