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コラム

コピーライター養成講座 講師・卒業生が語る ある若手広告人の日常

私を変えた凄い人たち — 2人目 樹木希林さん

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[寄稿者一覧はこちら]

【前回のコラム】「私を変えた凄い人たち — 市川準さん」はこちら

この連載ではコピーライター養成講座 講師である17(ジュウナナ)CD・CMプランナー・コピーライターの松尾卓哉氏が、仕事の仕方、向き合い方を根本から変えてくれた恩人を紹介します。2人目は、女優の樹木希林さんです。

松尾 卓哉 17(ジュウナナ) 代表
クリエイティブディレクター/CMプランナー/コピーライター

「目立つ、そして、モノが売れる」広告で、スポンサーの売上に貢献し、国内外の数々の広告賞を受賞。電通、オグルヴィ&メイザー・ジャパンECD、オグルヴィ&メイザー・アジアパシフィックのクリエイティブパートナー就任の後、2010年に17(ジュウナナ)を設立。主な仕事は、日本生命、野村證券、キリン、明治、ピザーラ、KOSE、TOYOTA、東急リバブル、東洋水産、ENEOSでんき、メルカリなど。2016年4月に、『仕事偏差値を68に上げよう』を上梓。企業、大学、自治体での講演も多数。

 

2002年6月4日は、サッカーW杯日韓大会の日本代表の初戦、対ベルギー戦でした。18時開始の試合を観戦するため、キックオフの10分前、私は買って来たビールを開けてテレビの前に座りました。

その瞬間、携帯電話がいつもより大きな音量で、けたたましく鳴り出しました。
「絶対に出ろよ!出ろよ!」と。実際はいつもの着信と同じ音量だったのでしょうが、私の中ではそんな脚色された記憶になっています…。

電話の主は、電通の営業の田中さんでした。

「松尾、試合を見てるんやろ? すまんな」
「どうしたんですか?」 
「これから、希林さんに電話してくれんか?」
「えっ?」
「今年の企画について、『直接、松尾さんと話をしたい』と仰ってる」
「今ですか?」
「そう。電話を待っていらっしゃる」

間も無くキックオフ。
私は、いろんな意味で、急いで希林さんのご自宅へ電話しました。

「松尾さん、今年の企画はどうして、こうなったの?」

7年間続いた希林さんと田中麗奈さんが母娘を演じた『ほんだし』のシリーズCMの5年目のことでした。
これまでの4年間は、母親が娘にみそ汁を作ってあげるという設定でしたが、この年は、一人暮らしを始めた娘を訪ねて来た母親に、娘が料理を振る舞うという設定に変わっていました。

「どうして、娘が料理を作ってるの?」

「最近、デパートやスーパーの中食(惣菜、弁当など)が増えて、
若い女性の料理頻度が落ちています。味の素さんは、
若い女性が料理するきっかけ、気づきを与えたいということで、
ほんだしのCMが人気なので、この母と娘でそれができないか?
とオリエンがあったからです」

「このシリーズはね、母親が娘へ料理を作ることを通して、
その何気ない会話や時間の中に、人が生きていく上で大事なものを伝えてい
るから良いんじゃないの? それが、人気にもつながってるんじゃないの?」

「はい。その通りです」

「じゃあ、なんで、娘が料理を作ってるのよ」

じつは、オリエンを受けた時に、そのことは我々も宣伝部の方々と議論を尽くしたのでした。しかも、「分かりました」と言って帰っておきながら、プレゼンでは、例年通りの母親が娘にみそ汁をつくる設定の企画を提案して、翻意を、再度、試みたのでした。

しかし、宣伝部の島崎さんが「私たちも、このシリーズの意義、価値を分かっています。皆さんの仰っていること、こうやって提案してくれた意味も十分に理解しています。しかし……今年は、この設定で制作してほしい」と、決意と真心のこもった言葉と共に、頭を下げて頼まれたのです。 

電通の味の素チームの中には、物事に筋を通す男気のある島崎さんファンが多かったので、「島崎さんがここまで仰るなら…」とオリエンに沿った設定の案採用を受け入れたのでした。

希林さんに、そんなことを手短に話したところ、

「松尾さんは、どういう意図でこの企画をしたの?」

「『同年代の女性が料理するのを見ることがきっかけになって、自分も料理することがある』というデータがありまして、それに沿って…」 

あなた、何の仕事をしてるの!?

それまで、テレビからベルギー戦の実況や歓声が漏れ聞こえていましたが、
この瞬間から、スイッチが消されたように無音の世界になりました。

あなた、データを信じるって言うの? データなんてね、
いくらでも都合よく作れるのよ。あなた、クリエイティブを名乗るなら、自分の感性を信じなさいよ! 情けない!
そんな仕事の仕方してたら、これからあなた、強い表現なんてつくれないわよ!

「…はい」

私は単にCMに出てるんじゃないの。もし、味の素さんになんかあったら、自分も責任を取る覚悟で出てるのよ!
それをあなた、データに沿って企画をつくったなんて言わないでちょうだい!人の気持ちを動かす表現をつくるってね、そんなことじゃないのよ!

思いっきり殴られました。
自分の企画を何かのせいにして、盾の中に隠れていた自分を、盾ごと殴られました。許してもらえるだろうと軽々しく発言をした自分を恥じるしかありませんでした…。 

「……すみませんでした。
もう一度、味の素さんと話します。そして、設定を元に戻してもらいます」

「頼みましたよ」

電話を切った時には、ベルギー戦の後半でした。
鈴木選手が同点弾を決めた後で、テレビの中はすごく盛り上がっていました。
ぬるくなったビールで情けない気持ちを流し込み、田中さんに電話をし、概要を説明しました。

「もう一度、島崎さんに話をしに行きたいです」
「わかった。明日、行こう」
「いいんですか?」

2度も翻意に失敗しているのに、3度も付き合ってくれた田中さん。
「希林さんにそこまで言われたら、行くしかないな」と営業部長の大久保さん。
「また説得に行ける良い機会をもらったじゃん」とCDの矢谷さん。

15年前…。
この頃の大人たち(上司たち)はカッコよかった。
島崎さんもカッコよかった。1ミリも怒ることなく、
「分かりました。もう一度、事業部と掛け合います。時間をください」
むしろ、我々の提案を待っていたかの如く、微笑んで受け取ってくれました。

ドラマや映画なら、ハッピーエンディングになったでしょう。
しかし、現実はそうなりませんでした。

撮影当日。
希林さんの楽屋に、演出コンテの説明に行きました。
諸々の事情を知っている監督の市川さん(前回のコラム)が
「松尾も、ギリギリまで頑張ったんですが、
今年はどうしてもこの設定でやることになりました」
私は謝りました。

「すみませんでした」

この年、希林さんは、一度も私と口をきいてくれませんでした。
一度も、目すら合わせてくれませんでした。
口約束を守らなかったのに、いの一番に楽屋に飛んで行って、
土下座をして謝りすらしなかった。最低の自分がそこにはいました。

このシリーズは、翌年から母親が娘に料理する企画に戻り、
希林さんは、再び、にこやかに話してくれるようになりました。

その後、私は、外資系の広告会社で最もデータを基にしたクリエイティブ表現をつくると言われていたOgilvyに転職して、データを基にしたオリエン、データを基にしたストラテジーに囲まれて広告表現をつくってきました。
データを見る度に、希林さんの声が蘇りました。

「あなたの表現には、人の気持ちを動かす強さがあるの?」 

希林さんと仕事ができたおかげで、今の私がいます。
希林さん、ありがとうございます。

【出演者と写真を撮ることは戒律でしないのですが…。希林さんと初めて仕事をした時、「ムー一族」に出演していた希林さんが、劇中で金槌やビール瓶を食べるシーンが強烈で、8歳の私は、毎週欠かさず観ていたことを待ち時間に話していたら、希林さんから「一緒に写真を撮ろうよ」と言ってくださり。
最初で最後の貴重な一枚です】


cac-j

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