コラム

「ダメ出し」から「ホメ出し」へ コピーライター思考の実践

「褒める」の一歩は、「惚れる」から。

share

最後に惚れたのは、いつですか?

恋を何年休んでますか?
みたいなノリで言ってしまいましたが、
実際みなさまどうでしょうか。

惚れるとは、何も恋愛だけに限定した
感情ではありません。

こんまりさんが提唱する、
「ときめくものは捨てない」
の「ときめいている」とは、
服や日用品に惚れているともいえます。

実はコピーライターの仕事とは、
目の前の商品や企業に
惚れることからはじまります。
惚れるから、褒める(コピーを書く)ことが
できるわけです。

そのとき重要なのは、
ホロレンズならぬ、
「惚れレンズ」越しに対象を見ることです。
つまり、相手が「惚れどころ満載」
という前提に立つのです。
そうすることで、
抽出できる商品の魅力や、
出力されるキャッチコピーの
量や質が変わってきます。

「(500)日のサマー」という映画をご存じでしょうか。
超端的にいうと、
トムという男性が、
サマーという女性を好きになる
恋愛映画です。(端的)

この映画には、印象的なシーンがあります。
光が注ぐ美しい空間の中。
スローモーションで、サマーがやわらかな笑顔を見せる。
そこに、トムのダイアログが入ってきます。

あの笑顔 髪の毛 ヒザも好きだ
胸元のハート型のアザも 話す前に唇をなめる癖も好きだ
笑い声も 眠っている時の顔も

いやあ映画史に残るポエティックなシーンです。
ところが、サマーとの関係性が悪化すると、
状況が変わります。
先ほどとまったく同じサラの笑顔シーンに、
トムのまったく別のダイアログが重なります。

俺はサマーが嫌いだ
不ぞろいの歯と 60年代風の髪型も嫌いだ
骨張ったひざも ゴキブリのような形のアザも
話す前に舌打ちする癖も 高笑いも嫌いだ

罵詈雑言がクリエーティブ。
そう、同じ景色でも、
「惚れレンズ」をつけているかどうかで、
意味が変わるという象徴的な例です。

「惚れレンズ」をつけているとき、
長所は目につきやすい。
だから「ヒザも好きだ」なんて
言えちゃうわけです。
と同時に。
短所さえも長所にひっくり返してくれます。
無双モードです。
無限にホメ出しできます。

逆に、惚れレンズをつけていないと、
「胸元のハート型のアザ」も、
「ゴキブリのような形のアザ」に
見えてしまうわけです。

では、どうやってこの
「惚れレンズ」をつけるか?
恋してないと無理じゃない?
と思うかもしれません。

いえいえ。
もっと簡単です。
「惚れレンズをつけるぞ」
と自覚的になればいいのです。

例えば、短歌を書いている歌人は
「短歌レンズ」をつけているからこそ、
日常に落ちている何気ない発見を
すくいあげることができます。

シーフードカレーは海の地獄絵図
えんまの母が鍋をみおろす
(穂村弘選・『短歌ください』より)

この短歌も、「短歌レンズ」で日常を
見ていないと、
見過ごしてしまいますよね。

某テレビ局の「すべらない話」に
出演する芸人さんも以前、
「毎日すべらない話のネタを探している」
と答えていました。
これは、裸眼ではなく、
「すべらない話レンズ」をつけて
毎日を見ているということです。

新しいレンズをつけると、
世界の解像度が上がります。
なにげない情報が、
とっておきの情報に変わります。
人間は、
意識的に世界を見るレンズを
選べるのです。

だからこそコピーライターは、
コピーを書くときに、
自覚的に「惚れレンズ」をつけます。

そうはいっても、
観念的すぎやしないか?
という声が聞こえてきそうですので、
ひとつ試してみましょう。

対象はスネ夫です。
言わずとしれた、
漫画「ドラえもん」の名脇役。
そういえば、あんまり
注目したことがないですよね?
(スネ夫フリークでない限り)

読者が感情移入するのは、
のび太かドラえもんです。
この二人を起点に
物語が発展していくので、
情報量も多くなるし、
読者も「好きになろう」「惚れよう」
と能動的に思えます。
(そもそもそのように演出されています)

好敵手であるジャイアンも、
普段でこそ暴君そのものですが、
映画になると男気を発揮して、
「惚れの対象」となりやすい。

翻ってスネ夫は、
あくまでジャイアンの
太鼓持ちキャラですので、
僕たちはあまり関心をもちません。

では、意識的に「惚れレンズ」をつけて
スネ夫を見てみましょう。
スネ夫は素晴らしい人に違いない!
という信頼と共に、スネ夫を観察してください。
するとどうでしょう。

「絶対に誰かに手を出すことはない」
「最先端のオモチャを紹介してくれる」
「ジャイアンがいないとわりと優しい」

いいところが目につきませんか?
自然とホメ出しが始まりますよね。

だから、意識をして、
「褒めレンズ」をつけて、
目の前の人と向き合うべきなのです。

その際、心に留めておくべきことがあります。
3つのアイです。

相手を褒めるとは、
褒め方が見つかるということです。
つまり、褒めるにあたっての、
「アイデア」を思いつく
ということです。

そのために大事なのが、
惚れレンズという「愛」。
褒めることは、相手を愛でることです。

でも、実はもっと大事なのが、
褒める主体である私、「I」です。

惚れるためには、自分に余裕が必要です。
頭が割れそうに痛いとか、
悪寒がするとか、
予定が詰まりすぎていて手詰まりとか、
健康的な状態でないと、
相手を褒めるどころではありません。
だから、逆説的かもしれませんが、
相手を褒める前に、
まずは日頃から自分を
大切にしておくことが大事です。

自分が健康的で、余裕があると、
相手の良さを存分に受け入れるための
ピンとアンテナが張った状態でいられます。
この状態だからこそ「惚れレンズ」が機能し、
褒めポイントというアイデアに
たどり着きます。
Iと愛とアイデアで、「3つのアイ」です。

実際、僕はコピーを書くときには、
自分という「I」をいい状態に保ちながら、
適切な愛を相手に注げているか、
常にチェックしています。
だから、夜を徹してコピーを書いて、
フラフラになるようなことはしません。

ここで、
「めちゃくちゃ精度の高いレンズで相手のこと見ているな」
と思ったコピーを一つご紹介します。

どんな夢も、手帳に書けば、計画になる。(能率手帳)

このコピーは、
よほどIの状態が良くて、
能率手帳への愛と惚れ度が深くないと
書けません。
もし自分が能率手帳の社員だったとしたら、
この褒め言葉をプレゼントされたら
嬉しいですよね。

ちなみに、コピーライターは相手に、
惚れてはいいけれど、
惚(ぼ)けてはいけません。
つまり、批判性のない、
盲目的な愛ではいけないんです。
例えばチョコレートを褒めるときに、
「甘くていい!」というコピーだと、
独自の「らしさ」「イズム」が
表出しきれていません。

だけど、これはあくまで、
コピーライターの話。
誰か大切な人に、ホメ出しするときには、
僕は惚けていいと思っています。
無批判的な愛でいいのです。
何故なら、人にホメ出すとは、
相対評価ではなく絶対評価でいいからです。
「○○さんと比べて強い」
「自分と比べて優しい」
じゃなくていい。
目の前の相手とだけ向き合って、
魅力を全力で受け止める。
マーケティングとかポジショニングとか
ややこしいことは気にしないでいい。

さて、ホメ出しの基本姿勢は以上です。
いかがでしょうか、
当たり前のことだと思いませんか?
そう、褒める姿勢を整えるのは、
難しいことはありません。
でも、誰かのいいところを見つけるために
自分のコンディションを整えるとか、
相手と向き合うときに「惚れレンズ」をかける、
なんてことは意識したことありませんよね?
この、小さな意識改革こそが、
褒メサピエンスへの一歩なのです。

次回は、
「惚れレンズ」を装着しながら、
どのように相手を「観察」すればいいかを
具体的にお話します。
またお盆明けに!

Follow Us