秋山晶さんに聞くコピーの裏側 第1回:コピーにおけるセンチメンタルについて、「ただ一度のものが、僕は好きだ。」、「ロンサム・カーボーイ」、「その先の日本へ。」他

コピーにおける「センチメンタル」

山根:次も同じく、アメリカを舞台にしたジャック・ダニエルのコピー「ナッシュビルの南。」(1988年)ですね。クライアントはサントリーです。

ナッシュビルの南。

ナッシュビルからインターステーツ24を南にくだる。
ボーダーサウスの高地はゆっくりとアップダウンをくり返し、
風が草原の色を変える。FMのマリア・マルダー。70マイルほど走ると
リンチバーグの標識を通過する。人口、668。
1866年、ジャック・ダニエルは村はずれの小さな谷に、
長いあいだ夢みていた理想の泉をみつけた。高地に降る雨が、
テネシー独特の石灰岩の地層を通って湧いた、ウイスキーづくりに最上の水。
それから1世紀以上、そして永遠にジャック・ダニエル、はここにいる。
草の歌を聴きながら、一滴一滴ていねいにつくられるテネシーウイスキー。
蒸留所は古い絵画に似たたたずまいだった。
(サントリー/1988年)

秋山:僕が一番好きなアメリカンウイスキーはジャック・ダニエルなんです。僕が担当する以前の広告は、ドラフトの宮田識さんがつくっていました。これは、新聞広告にナッシュビルの地図を載せたくて、「Road Atlas」(道路地図帳)の版権を取ったんです。なぜかと言うと、この本に僕はとてもお世話になっていて。この本があれば僕は大体のコピーは書けたんですよ。

山根:地図帳を見るだけでコピーが書けるんですか?

秋山:そうなんです。大島征夫さんに頼まれたトヨタのコピーなどは、これを見ながら書いていましたね(笑)。だから、この地図を使いたかったんですね。アメリカンウイスキーといえばバーボンと思われていたけど、バーボンはケンタッキー州でつくられたウイスキーの呼び名だから。ジャック・ダニエルはテネシー州でつくられているのだから、「テネシーウイスキー」と呼んでほしい。そこで、まずは蒸留されている土地を地図上で出そう、と。それには幻想的な写真があるといいので、藤井保さんにお願いしました。藤井さんに地図にあるテネシー州リンチバーグで写真を撮ってもらったんです。

山根:いいですよね。雰囲気のある写真で。

秋山:コピー的にも「ナッシュビルの北」じゃなくて、南で良かった。

山根:僕にとって、これはずっと「わからないコピー」だったんです。記号的というか。座標というか。僕や若い世代には特にわからない人が多いと思いますが、これは時代的にまだジャック・ダニエルがさほどポピュラーではなかったからのコピーなんでしょうか?

秋山:それもあるけれど、僕は「ナッシュビル」という言葉を使いたかったんです。

山根:それはナッシュビルでないとだめだったんですね?テネシーやリンチバーグでは。

秋山:リンチバーグはだめですね。いかにも南部らしくて。やはり当時スターだったエルビス・プレスリーが最初に録音した場所が、ナッシュビルだったことも大きいですね。

山根:当時のジャック・ダニエルのターゲット層は、そういうものに関心がある世代ということですね。

秋山:CMは60秒で1本つくり、8年くらい続けました。バックグラウンドは全部ナレーションで語り、歌はシンガーソングライターのエミール・ハリスです。

山根:今回、ジャック・ダニエルのシリーズを全部見直して、あらためて理解できたのは、この広告はイメージの品質証明のようなことを目指していたのではないか、ということでした。

秋山:品質証明であると同時に、当時のジャック・ダニエルはまだ「自己紹介」の段階だったんです。つまり、出生を明らかにして、それをブランド化したコピーですね。この場所がなければこういうコピーはできなかったし、僕は引き受けなかったかもしれない。

すべての土地にはイメージがあって、例えば同じ荒れ果てた土地を見たときに、良いイメージを抱く人と悪いイメージを抱く人に別れますよね?10人の人がいれば、そのイメージは10通り、それぞれ違うものになります。自分が良いイメージだと思えれば、コピーはいくらでも書けるんですね。

山根:かつて秋山さんは「コピーライターは不幸なときほど幸福なコピーを書いて、幸福なときほど不幸なコピーを書くんだ」とおっしゃっていましたね。

秋山:それは、絶対に大事なんです。その時の不幸というのは“悲惨” ではなくて「センチメンタルな不幸」ですね。

山根:「悲しい」はネガティブだけど、「せつない」は共感になるとおっしゃっていました。そういうセンチメンタルさですね。

秋山:そう、だからエルビスまで行くとセンチメンタルなんですよ。そういうふうに狭いところを入っていくと、言葉が広がっていくんです。広いところに入っていくと、逆に分散してしまいますから。

山根:その流れでセンチメンタルを感じるコピー「その先の日本へ。」についてお伺いします。これは1992年のJR東日本の東北キャンペーンのコピーですね。この時のクリエイティブディレクターは、大島征夫さんです。

その先の日本へ。

(東日本旅客鉄道/1992年)

秋山:そうですね、大島さんから直接指名してもらって。当時の東北というのは空白の商品でした。京都を擁するJR東海に比べたら、ビジネス的な要素がほとんど何もない。東京から100キロまでは黒字だけど、その先は「空気」を運んでいる。「もう、私たちは空気を運びたくない」というオリエンがありました。じゃあ、その先の日本へ行きましょう、というのがこのコピー。その先は、100キロ以上の場所です。

山根:それはすごい話ですね。

秋山:「100キロから先」を場所でいえば、福島県郡山市あたりかな。その先には何もない、ということが商品にならないかを考えましょう、と。

山根:まだ新人だった僕がこの広告を見たときは「その先の日本へ。」は、どこでも言える言葉だと思ってしまったのですが、「100キロ以上」ということだったんですね。自分がコピーを書くようになってから、このコピーが腑に落ちました。「その先の日本へ。」という言葉は、取り方によっては未知とも言えるし、時に未開とも言えますね。

秋山:僕らとしてはまだ行ったことがない、誰も知らない場所という。極端なことを言えば、地図のホワイトスペースのような意図だったのですが、そこに何か発見がある、そんな印象になったかもしれません。

企画書には、東京と東北それぞれからイメージする言葉を書きました。東京は「変化、不安、興奮、緊張、過密、アスファルト、ビル、ネオン、ノイズ、サイレン、情報量大」で、東北は「普遍、安定、鎮静、弛緩、過疎、田んぼ、森、星、静寂、風の音、情報量小」でした。そこからイメージをふくらませて、駅長の太田さんを起用したCMを撮りました。これは、岡康道さんがつくった傑作ですね。「駅長」という人間のキャラクターが、田んぼの中にユニフォーム姿で立っている画をつくったことが。

山根:何もない場所に制服を着た人が立っている。あれは、とても印象に残る画でしたね。

秋山:音楽は、岡さんが井上陽水の曲をすべて聴いて「野イチゴ」と「結詞(むすびことば)」の2曲に絞りました。「野イチゴ」のほうが曲が新しくて良かったんだけど、あえて新しくない「結詞」を岡さんが選びました。僕のセンチメンタルは陰が薄いんだけど、岡さんはやはり作家だから輪郭がハッキリとして具体的なセンチメンタルなんです。

山根:岡さんの仕事にはセンチメンタルを感じるものが多くありますね。そしてノスタルジーも感じます。このCMには駅長さんが出演していることで、当時のJR東日本で働いている人たちへの影響もあったのではないでしょうか。

秋山:おそらく働く上での勇気になったのではないかと思います。駅長さんというのは、その街の有名人でもあるんです。そういう意味での効果があったのではないでしょうか。

(第2回に続く)

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秋山晶(あきやま・しょう)

ライトパブリシティ代表
コピーライター・クリエイティブディレクター

TCC(2009)ADC(2010)ACC(2016)それぞれのHall of Fameに選ばれる。 自作の好きなコピー「野菜を見ると、想像するもの。」(キユーピー)、「夏はハタチで止まっている。」(サントリー)、「時代なんか、パッと変わる。」(サントリー)。 著書に、「秋山晶全仕事」(マドラ出版)、「D.J.SHOW 秋山晶の仕事と周辺」(六耀社)、「アメリカンマヨネーズストーリーズ」(ビジネス社)

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山根哲也(やまね・てつや)

ライトパブリシティ
クリエイティブディレクター・コピーライター

京都府出身。TCC会員。主な仕事にPOLA「鏡を、疑え。」「この国は、女性にとって発展途上国だ。」「知識こそ、いちばんのスキンケア。」、NIKE JORDAN「夜明けは待たない。つくればいい。」、ホットペッパービューティー「キッカケなんか、春でいい。」、SAPPORO「誰かの、いちばん星であれ」、スキットルズ「おいしい不要品。」など。
TCC賞、日経広告賞最優秀賞、日本雑誌広告賞金賞、交通広告グランプリ グランプリ、ACC総務大臣賞/グランプリなど。

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