香りの「型」と「道」に見る、日本人の体験設計力
宮島:日本古来の伝統芸道の一つに、「香道」がありますよね。香道では、香木を焚いて、香りを「聞く」(嗅覚だけでなく全身で香りを感じることを意味する言葉)ことや、香りの違いを当てる「組香」といった遊びをする「香席」という場がある。先日、日本香堂さんの450年記念の香席に参加させていただいたのですが、とても素晴らしい体験でした。
小仲:私どもは2018年、フランスにNPO法人のKodo Associationを設立しています。香席を開くと、参加してくださるフランス人はみなさん驚くほど関心が高い。日本での香席とは全く雰囲気が違っていて、とにかく質問が多いんです。香道と禅の関係や、香道の香りのこと、和歌に対する質問など、自分の仮説を持ってこられる方がたくさんいます。集う人も文化的な知識層や、ウイスキーやシャンパンのような嗜好品に関わる方、アーティストなどもいらっしゃいます。
2024年にフランスのギメ東洋美術館で開催された香道の様子。
宮島:文化的に感度の高い方々が日本の香道に関心を持たれているのですね。本書ではSBNRの考え方を活かすアプローチとして、「道化(みちか:その行いを極めながら、自己を探求すること」「型化(かたか:既存の行動に新たな形式やルールを取り入れ、あえてその型にはまること)」「聖地化(特定の場所や空間に、精神的価値を付与すること)」の3つを提案しています。香道も「道」のひとつですが、まさにこういった設計とのつながりを感じます。
小仲:特に「道化」と「型化」の設計力については、日本人は秀でていると思います。「型」があるから「道」が生まれ、この2つは密接に結びついている。
香道は、「六国五味」(香りを表現する分類法)と「組香」(香り当ての遊び)という「型」があります。それを極めていくことで「道」になる。さらに、香道発祥の地である銀閣寺という「聖地」もある。そう考えると、香道はまさに「道化」「型化」「聖地化」によって成り立っている好例です。「型」があるからこそ、時代の文脈に合わせて「崩し」(香道における自由な表現や革新的な試み)もできる。ワインやウイスキー、日本酒でも応用できる可能性がありますよね。
小仲正克氏
宮島:私も香席を実際に体験することで、本当に体験設計がよくできていると感じました。初心者でも、香りを当てるというゲーム性から入りやすく、集中すると微細な香りの違いが分かり、五感全体で体験する中で、いつの間にか香りの世界に深く入り込んでいる。香りの素人だった自分が、短時間で微細な変化に魅せられる体験をしました。この体験設計力は、長年文化が成熟する中で純化されたものだろうと思いますし、おっしゃる通り他の分野への応用も可能だと感じました。
宮島達則氏
小仲:香道は「お客様が主役」であることも特徴です。誰が出香したかなども記録され、香りを当てた人にはその記録を記した奉書をお渡しします。一期一会で二度と同じメンバーは集まらない、その場を共有する寄り合いの楽しさもあります。
宮島:しかも言語を介さない五感のコミュニケーションですから、言葉が違う国の人同士でも一緒に楽しむことができますよね。