日本の「お香」が世界のSBNR層を魅了する理由―日本香堂HD 小仲正克社長×博報堂 宮島達則氏

SBNRと香りの市場の可能性 内省から自己実現へ

小仲:今年、日本香堂グループ450年のプロジェクトとして「450プロジェクト“聞く〜awake your spirit〜”」を立ち上げました。香道の「聞く」という言葉には、単なる嗅覚だけでなく、五感を使って香りと向き合うことで感性を、深く研ぎ澄ませていくような感覚が含まれています。そのような「香りとともに旅をする時間」を提供していくという考えで、1年間かけて過去・現在・未来の3つの視点から、新事業やプロジェクト、新製品を発表していきます。

日本香堂グループ450年プロジェクト「450プロジェクト“聞く〜awake your spirit〜”」。

日本香堂グループ450年プロジェクト「450プロジェクト“聞く〜awake your spirit〜”」。

具体的には、書籍や新作のお香の発売、そして同業種の松栄堂、鳩居堂、そして無印商品とのコラボイベントなどによって、一人でも多くの方に香文化を知っていただく機会にしようと取り組んでいます。香りと共に過去から未来、そして異郷の地や故郷、そして心の中を旅していただきたいという思いを込めて、グループの新スローガン「香りと旅する」と設定し、CIも刷新しました。このスローガン自体に、内省や自然とのつながりを重視し、長期思考を志向するSBNRの要素が多分に含まれているとも言えますね。

宮島:香りの価値を「自分と向き合う時間を生み出すもの」と再解釈しており、SBNR層とまさに親和性が高いと感じます。海外の方々も含めて、この価値を広めていくのだと思うのですが、日本と海外では、SBNR層へのアプローチに違いがあると感じますか?

小仲:興味深い違いがあると思います。日本では、スピリチュアルや精神性というと、どちらかというと心のやすらぎや癒やし、つまりマイナスをゼロに戻すような感覚が強い。「整える」といったニュアンスですね。一方、海外、特にマインドフルネスなどに熱心な層を見ていると、「なりたい自分に近づいていく」といった、ゼロをプラスにしていく、すごくポジティブな文脈を感じます。そこから「パワー」を得るような感覚ですね。

宮島:パワーという視点は重要ですね。SBNRを癒やし効果だけで捉えるのではなく、具体的な効果効能や機能性を伴って伝えていくことが、特に海外市場においては重要になりそうです。科学的なエビデンスに基づいたマーケティングも必要になってくるでしょう。

小仲:まさに海外でお香を広げていく上では、ストーリーとエビデンス、この二つが揃うことが重要だと感じます。日本と比べて効果や実感を重視する傾向が強いですから。

宮島:ストーリーについて言えば、私自身、香席を体験して一つひとつの香りの違いを知ることで、「良い香り」に対する納得感が一段引き上げられました。同じように、例えばロングセラー「毎日香」についても、その香りである白檀はどんなストーリーを持っているのか、なぜ神聖な木と言われるのかを伝えることで、単なる「いい香り」から一歩進んで、そのストーリーを感じながら生活の中に取り入れてもらえるようになると思います。また白檀がもつ清らかなイメージをもっと拡張していければ、供養で使うお線香以外のシーンにもブランド価値を拡張できるのではないかと考えています。書籍の中にある「シン消費」(心の平安・充足・自己成長や自分の信じられるものにお金を使う)というのが、まさにそれに当たります。

書影 SBNRエコノミー

博報堂ストラテジックプラニング局、SIGNING著
SBNRエコノミー「心の豊かさ」の探求から生まれる新たなマーケット

小仲:我々メーカーは、原料のストックや香りを生み出すノウハウの蓄積には強みがあるのですが、こうした情緒的なアプローチはまだまだ弱いところがあります。

宮島:これまでおっしゃられていたように、香りを自分と向き合い、内省し、成長していくためのツールとなり得るものとして発信する。そして、そのストーリーや背景にある歴史、そして科学的なエビデンスといった付加価値まで含めて受け取っていただけるようになると、単なるモノ消費、コト消費を超えた「シン消費」としてのビジネスチャンスが生まれるのではないでしょうか。

小仲:香木のように長い年月をかけて完成されるものには、それ自体にパワーや神聖さといったストーリーが宿っています。そのストーリー性、情緒的な価値、余韻感などがシン消費的な要素と関わってくると、その価値は長く続いていきそうですね。

宮島:日本でも、若い世代、特にZ世代は自己肯定感が低いといった社会背景もあり、内省や自己実現への関心が高まっています。彼らにとって、自宅で使う香りはまさにパーソナルな空間を作り、自分と向き合うための重要なアイテムとなり得ます。フレグランス市場の中でも、お香は特に内省的なアイテムとして、若い世代に響く可能性を秘めていると思います。

写真 人物

小仲正克(こなか・まさよし)(写真左)

日本香堂ホールディングス 代表取締役社長

1967年生まれ。立教大学卒。1990年三菱銀行(現三菱UFJ銀行)入行。1995年日本香堂入社。研究室、R&D事業部所属。以後、取締役 新市場開発本部長、常務取締役を経て、2000年に代表取締役社長に就任。2011年日本香堂ホールディングス専務取締役、2015年より現職。趣味は水泳、テニス、読書、音楽鑑賞。

宮島達則(みやじま・たつのり)(写真右)

博報堂 マーケティングプラニングディレクター

2019年博報堂入社。入社以来、食品/飲料/日用品/通信など多岐にわたるカテゴリーのマーケティング・ブランディング戦略立案に従事。一見、非合理的な生活者心理にロジックを見出し、言語化するプラニングを得意とする。また僧侶としてのバックグラウンドを活かし、寺院のブランディングや線香のマーケティング等の経験も。

書影

『SBNRエコノミー「心の豊かさ」の探求から生まれる新たなマーケット』

株式会社博報堂ストラテジックプラニング局、株式会社SIGNING著/定価:2,200円

SBNR層の拡大に注目し、精神的な豊かさや幸せを求める同層の拡大の理由、そしてビジネスへの応用可能性を論じる日本初の書籍です。日本人は43%がSBNRに該当すると言われ、その価値観を理解することはマーケティングや経営にも有効です。本書では、彼らの価値観やライフスタイルを分析するとともに、マーケティング・組織デザインにSBNRの考え方を応用していく具体的な方法を提案します。

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宣伝会議 書籍編集部
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宣伝会議書籍編集部では、広告・マーケティング・クリエイティブ分野に特化した専門書籍の企画・編集を担当。業界の第一線で活躍する実務家や研究者と連携し、実践的かつ最先端の知見を読者に届けています。

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