販売押し上げたシズルCM――味の素・島崎氏
販売増とクレームが同時に舞い込む
味の素 理事 広告部制作企画グループ長
島崎紘而氏
1977年、味の素広告部にグラフィックデザイ
ナーとして入社。以来パッケージデザインと
広告宣伝に携わる。1995年と2004年にカル
ピス広告部に通算9年間出向。2010年7月
から現職。
島崎:我々が目指しているのは、端的には「売れる広告をつくりたい」ということ。つまり、お客さんの心を動かす広告です。食品会社の広告の場合、「食べたくなるような広告」を指します。
2010年までのクックドゥの広告表現は、販売支援という面では課題がありました。そこで11年に、クックドゥのブランド価値を、「胃袋が本能的に求めてしまう」という新しいものに定義し直しました。
そのコンセプトのもとに生まれたテレビCMは、父親と娘が回鍋肉(ホイコーロー)を争うように食べているシーンのなかで、咀嚼音だけを際立たせたシズル特化型のクリエイティブです。言いたいことを言葉で言わずに、ただ感じさせる。新しいチャレンジでした。このCMで視聴者の胃袋を刺激することができたのか、クックドゥは過去最高の販売量を達成することができました。
その一方で、お客様相談センターへのクレーム数は当社最高の件数となりました。当社では、10件クレームが寄せられると多いと判断されますが、この時は約150件ものクレームが舞い込んだのです。
クリエイティブの担当者もお客様相談センターに届いた苦情内容を聞きましたが、「食べ方が汚い」「咀嚼音が下品」「気持ち悪い」と、ものすごい勢いでお叱りを受けました。特に、年配男性からのクレームが多く、50分間ぐらい叱られ続けるケースもありました。味の素の元社員からもありました。
わずかな表現の違いが、視聴者の本能を刺激した
あまりにも苦情が多かったので、12年のキャンペーンではお客さまの声を反映して、食べる量と回数を減らした新CMを放映しました。すると、クレームが減少した一方で、販売数量も下降に転じてしまったのです。そこで再び11年の「食べる」ことに特化したCMに差し替えたところ、売り上げが急上昇。表現の微妙な違いが売りに大きく影響を及ぼす結果となりました。ほんのわずかな違いに、お客さまの本能は刺激されていたのです。
本能をコントロールするのは理性です。しかし、12年のCM表現は、お客さまの声を気にしすぎて機能を発揮できなくなってしまいました。わずかなアウトプットの違いで、これほどまでに売り上げに影響が出たのは初めての経験です。クレーム数と売り上げとの関係性は定かではありませんが、今後の大きな課題だと思っています。
ズナイデン(資生堂): 実は私も、クックドゥ回鍋肉のCMを拝見して、すぐに購入しました。本能をコントロールされていたのだと、いま気づきました。
効果音へのクレームがあったものの、人間の本能に刺激を与えて購買行動に結びつけるのは、素晴らしい手法だと思いました。映像の見せ方など、クリエイティブ上の細かい工夫をたくさんされたのでしょうね。
島崎:咀嚼音をテレビCMで使うことにはかなりの勇気が必要でした。でき上がったCMを見て、大丈夫かなと思うこともありました。
しかし、実際に僕たちが普段楽しく食べている時のことを考えると、特においしいと思って食べている時ほど、お行儀など気にしていないのではないでしょうか。あまりお行儀を気にしてしまうと「おいしい」感じが伝わりにくいのではないかと、今までのCM制作の経験を通して感じていました。
そうは言っても、クレームが少なくて商品が売れているCMもたくさんありますので、多いことはやはり課題です。今後も本能を刺激する挑戦を続けていきたいと思います。
(次回に続く)
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