小国同士の戦略的提携に始まり米中のパワーゲームに変貌したTPP
金丸氏と宇生氏の対談を踏まえて、TPPと食の問題について考えてみたい。
TPPとは、正式名を環太平洋戦略的経済連携協定(Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement)という。アジア太平洋地域の国々による経済の自由化を目的とした多角的な経済連携協定 (EPA)だ。そもそも、発足の契機となったのは、シンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの経済連携協定(2005年6月3日に調印、2006年5月28日に発効)だ。小国が協力することで国際市場におけるプレゼンスを高め、交渉力などを強化するのが狙いで、目標は、2006年1月1日で加盟国間のすべての関税の90%を撤廃し、2015年までに全ての貿易の関税を削減しゼロにすることだった。
これが大きく変わったのは、2010年10月のアメリカの動きだ。アメリカ主導の下に急速に加盟国がオーストラリア、マレーシア、ベトナム、ペルーへと拡大、9か国の交渉国は、2011年11月12日に大枠合意に至り、2012年内の最終妥結を目指す。日本は、11月11日に「交渉参加に向けて関係国との協議に入る」と表明したが、拡大交渉会合への参加は許可されていない。
TPPがカバーする範囲は、工業、農業、知的財産権、労働規制、金融、医療サービスなど多岐にわたる。特に米国は、日本に郵政開放や医療自由化を求めている。また、農業分野では、全米商工会議所など43団体が、「いかなる産業分野、商品、サービスも除外しない包括的な協定を達成すること」を要請しており、農林水産省が数兆円規模での経済的損失が出ると予測している。さらに、製造業分野では、日本の自動車市場が閉鎖的であるとし、その開放が要求されている。
実際の交渉では分野ごとの作業部会が行われる予定で、主な議題は、①工業製品、農産物、繊維・衣料品などの例外なき関税撤廃、②金融、電子取引、電気通信などのサービスの自由化、③公共事業や物品などの政府調達(地方自治体も含む)の自由化、④技術の特許、商標などの知的財産権、⑤投資のルール、⑥衛生・検疫、⑦労働規制や環境規制の調和、⑧貿易の技術的障害の解決、⑨貿易紛争の解決、⑩サービス貿易の自由化(供給・観光・留学・金融・弁護士医師等技術者)の10分野にわたる。
発足時のTPPの目的は、「小国同士の戦略的提携」だったが、日本が加わると、10カ国のGDP(国内総生産)の9割を日米で占めることになり、実質は日米FTAとなる。GDPでアメリカに迫り、国際社会におけるプレゼンスを高める中国へのけん制がアメリカの狙いともいわれている。
自由貿易協定のなかで日本の食文化の真髄を伝えることは可能か
米中のパワーゲームのなかで、どうしたら日本の農業と食文化を守っていけるのだろうか――。
寿司をはじめとする日本食が世界で人気を博し、世界の大都市には日本食レストランがあるのが当たり前となった。食文化は地域性と深く結びついている一方で、調理法、調理器具、技術者や食産業の経営者たちは世界中を駆け巡る。自動車、家電、IT、金融など、ほかのあらゆる産業分野と同様に、「食」もグローバリゼーションの波のなかで、国境を越えて生成発展している。
12月14日、総務省が発表した科学技術研究調査によると、平成22年度の技術貿易収支は1兆9066億円と過去最高を記録した(内訳には日本企業の海外拠点からのものも含まれる)。この数字は少子高齢化や人口減少といった長期トレンドのなか、今後は知的財産権による収支を向上させていくことが活路となることを示している。
食文化も同様に、知財化したり、視覚化・映像化したりする工夫をしながら外に打って出ることで活路が開けるのではないだろうか。スティーブ・ジョブスは知野弘文老師から禅を、バウハウスからミニマリズムを学び、それをコンピュータやスマートフォン、タブレットのデザインに取り入れて技術と融合させることで世界に受け入れられる商品を生み出した。このことは「本質」とは時代や物理的な距離や文化の違いを超えて伝えられることを意味している。
食にかかわるテクノロジーや文化においてもそれは可能になるだろうか。物質としての食ばかりではなく、食文化を成り立たせている各種の構成要素やそれらの集成として生みだされる本質から、新しい生き方や価値観を提供することができれば、食文化は持続可能なかたちで国境を越えて生成発展することができるのではないだろうか。地産地消の流通システムや生態系と調和した農業や漁業といった、サステナブルなビジネスモデルが求められている。日本各地に根差す食文化のなかには、それらを実現させるヒントがあるはずだ。
※『人間会議』2011年冬号 特集「地産地消へ草の根の改革」より一部加筆して掲載しています。
連載「食文化の中に宿る生きる知恵の再発見」バックナンバー
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