コラム

コピーライター養成講座 講師・卒業生が語る ある若手広告人の日常

幸運の女神は最終講義で微笑んだ

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大津健一(東京アドエージェンシー プランナー/2002年春・基礎コース修了)

はじめまして。4月のコラムを担当します大津健一です。
東京アドエージェンシーという広告会社でプランナーをしています。

アパレル会社を退社後、フリーターをしながら講座に通い、メーカーでのコピーライター、現在の東京アドエージェンシーで広告営業、そしてプランナーという経歴です。

現在の仕事は、クライアントがどんなコミュニケーションをとるべきか、ターゲットや伝達方法、メッセージの素案を考え、コピーライター、デザイナーをはじめとするクリエイティブスタッフとともに形にしていくことです。

コピーライター養成講座を入口に、コピーライター以外の広告の仕事をしている卒業生もいるということで、学生の方や他業界から転職を考えている方のご参考になれば、うれしいです。

私は、ちょうど10年前の4月、新卒で入ったファーストリテイリングを退社後、山形の店舗に勤務していたため上京し、コピーライター養成講座に通いはじめました。
週2回、講座に通うほかは、フリーターです。家電量販店や街の不動産屋さんでアルバイトをしていました。

その頃の私には、広告業界に対する強い憧れとホロリとさせるようなコピーを書けるという根拠のない自信だけがあって、「講師の方にスカウトされてコピーライターになる」というのが唯一の“プラン”でした。今、考えると本当に甘すぎです。

講座では多くの回で課題が出され、クラス約100人の中から優秀なコピーを書いた10人は講師の方より金の鉛筆を頂くことができました。

私はスカウトどころか、その金の鉛筆さえ頂けませんでした。

はじめのうちは、選定する講師との相性のせいにして、呑気に構えていた私も、
「選ばれる人はいつも選ばれる。僕はまったく選ばれない」
この現実に焦りはじめます。

「スカウトされて華麗にデビュー」はあきらめ、ちゃんと就活することにしました。

リクルートから出ていたB-ingという求人誌を買って、目ぼしいところに応募するものの、
求人の多くは経験者募集でしたし、私の実力の問題もあって全くうかりません。

不合格通知と履歴書がよく送り返されてきたので、その写真をはがして再利用したりしていました。

お先真っ暗な中、最後にとても幸運な事が起こります。

開催が延期されていた最後の講義で、同じ受講生であった阿部さんが自社の製品カタログや広告を制作するスタッフを探していると声をかけてくれたのです(阿部さんは、アレイ株式会社という医療情報システムメーカーの経営者で、ご自身で広告物のディレクションをされており、この講座に通われていました)。

こうしてアレイで、3年間、広告広報業務に携わりました。

とても幸運でした。
そして今も感謝しています。

コピーライター養成講座はテクニックやスキルを学ぶという側面は充分にあります。
また実際に書くことで、漠然とした憧れを明確な課題に変える機会を得られると思います。
そして同じ意思を持った同志と会えるという大きな副産物もありました。

この後、さらに広告業にどっぷり浸かりたくなった私は、わがままをお許しいただき、広告会社である現在の東京アドエージェンシーに営業として入社しました。

次回からは今の仕事についてお話します。

本を読むより酒を飲め。

コラム内コラム
日々心がけていること①
本を読むより酒を飲め。

尊敬する?先輩方と。左から毎広の坂本さん、ケロジャパンの中川さん、大津、JEKIの林原さん。いつもアドバイス頂いています。

第13回 「27歳から始まった広告マンとしてのキャリア」はこちら
大津健一(おおつけんいち)
1978年福島県生まれ。福島大学行政社会学部卒業。ファーストリテイリング、アレイを経て、現在、東京アドエージェンシーでWeb施策を中心としたプランニングを行う。PRSJ認定PRプランナー。宣伝会議コピーライター養成講座・基礎コース(2002年春コース)修了。

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