【前回のコラム】「私を変えた凄い人たち —5人目 太田恵美さん」はこちら
松尾 卓哉
17(ジュウナナ) 代表
CD/CMプランナー/コピーライター
「目立つ、そして、モノが売れる」広告で、スポンサーの売上に貢献し、国内外の数々の広告賞を受賞。電通、オグルヴィ&メイザー・ジャパンECD、オグルヴィ&メイザー・アジアパシフィックのクリエイティブパートナー就任の後、2010年に17(ジュウナナ)を設立。主な仕事は、日本生命、野村證券、キリン、明治、ピザーラ、KOSE、TOYOTA、東急リバブル、東洋水産、ENEOSでんき、メルカリなど。2016年4月に、『仕事偏差値を68に上げよう』を上梓。企業、大学、自治体での講演も多数。
今回、このシリーズの3人目で紹介した岡康道さんについて、全面的に書き直したいと思います。
短いコラムの中で恩人から教えて頂いたことを紹介する構成であるがゆえに、
いくつかのことを紹介してしまうと、恩人の人物描写がおろそかになるというジレンマがありました。それは、構成力も含め、私の筆力の問題なのですが…。
岡さんは、豪快で、繊細で、戦略家で、破壊者で、知的で、ワイルドで、自分勝手で、後輩思いで、と多岐に渡って二律背反の魅力の溢れるユニークな方なのに、前回のコラムの岡さんはまったく面白くないのです。
これでは恩人に対して失礼なので、もっと血の通った岡さんを描きたいと反省していました。今回、それができるかどうかは別ですが…。やってみます。
二十数年前、私が電通の新入社員として配属された4CD局に、岡さんはいました。局の新人5人の能力開発総責任者だった岡さんに初めて挨拶したところ、
「おまえ、ラグビーやってたんだって?」と、その週の土曜には岡さんが主将の社会人タッチフットボールチーム『東京リベンジャーズ』の練習に連れて行かれ、有無を言わさず入部させられました。
経験者でない方、興味がない方には、「似ている」と言われますが、アメフトとラグビーは、ボールが楕円形であること、屋外でやること以外は共通点がないというくらい全く違う種類のスポーツです。
いろんな会社から集まった社会人のメンバーが日本一を目指しているチームだったので、“余暇の楽しみ”とは思えないくらい練習がハードでした。また、アメフトのミニ版であるタッチフットボールに身体がまったく馴染めなかったこともあって、しばらくして「辞めようと思ってます」と申し出たら、「考え直せよ」でも、「やめるなよ」でもなく、「あれ? おまえ、クリエイティブ局に残りたくないの?」と微笑みを浮かべながら岡さんは言ったのです。
もちろんジョークなのですが、新人のクリエイティブ適性を見極める役職の人の言葉ですから、ある種の脅しにも聞こえます。でも、「おまえの査定を下げて局外に出すこともできるのだよ」とまでは明言していない。とても巧みです。余白を残し、相手に想像させる効く言葉遣いは、岡さんとの日頃の会話の中で幾度となく体験することができました。それは、岡さんの書く広告コピーや文章にも表れています。
初めての全国大会を経験し、岡さんからチームの試合結果を社内報に載せる役を仰せつかりました。掲載された文章を見た岡さんは激怒しました。
「なんだよ、これ!全然、面白くないじゃないか!」
その後、年に2回の大会後に載せる社内報の文章は、事前に岡さんが目を通し、添削されることになります。
OJTの先輩トレーナーがいたので、仕事でのコピーは見てもらっていませんが、この文章添削はとても学びに満ちていました。そして、世の中に出て行くもの全てへのクオリティー管理の姿勢は敬服すべきものがありました。
1年後、同じ局に配属されてきた新人Aは、学生時代からの知人が所属している別のタッチフットボールチームに入部が決まっていました。岡さんに翻意係を命じられ、我がチームに入らないかとAを何度も説得しました。話し込んでいるうちに、彼のお父様が私の小中高の先輩にあたることが分かり、固辞していたAも何かの縁を感じてくれたのか、少し揺らぎが見え始めました。
そこで、岡さんの登場。同じ手を使いました。
「A、おまえ、クリエイティブ局に残りたくないのかな?」
すぐにAは、我々のチームに加入しました。その後、岡さんは部長になり、Aは、新しくできた岡部に配属され、その後、タグボートの創立者になります。
Aとは、麻生哲朗です。人生の縁とは、本当に不思議なものです。
さて、皆さんは、夜の日比谷公園に行ったことありますか?
数メートル置きにあるベンチには、高校生から大人まで、けっこうな数のカップルが座っています。そして、キスしていたりするのです。
運動公園ではないので更衣室がありません。我々はパンツ一丁になって着替え、ものすごく迷惑そうな目でこちらを見ているカップルの前で、
「セットダゥン!ハッ!ハッ!ハッ!」
と知らない人からすると謎の大声を出しながら、タイミングプレーの練習をするのです。
運動公園ではないので照明も暗く、こげ茶色のボールはほとんど見えません。クォーターバックから投じられたボールを取り損ねて、手で弾くのはまだマシです。時にスクリュー回転のかかった切っ先が顔面に直撃します。その選手は倒れて悶絶します。それを見て、高校生カップルが笑うんです。
「(このオッさんたち、こんな暗い中で何してるの!?)ギャハハハ…」
「(おかしいんじゃないの!?)キャハハハ…」
クォーターバックの岡さんは、その度に怒鳴るんです。
「眼で見ようとするな!タイミングで取れ!」
無茶苦茶な話です。
私のいた捕球部隊は、本当に可哀想でした。
しかし、その水曜夜の練習の3日後、土曜の日中の練習では、格段に捕球力が上がっているのです。顔面に当てたくない一心で、身体がプレーのタイミングを完全に覚えており、振り返る、ボールが飛んでくる、それらのタイミングが見事に一致し、視界もハッキリだからです。この奇跡の上達を経験すると、夜の日比谷公園の岡さんのやり方を否定できなくなるのです…。
ロス五輪金メダリストの柔道の山下泰裕さんと話す機会がありました。五輪の決勝の相手だったエジプトのラシュワン選手が、その後、自国のスポーツ大臣になったことなどを話すと山下さんに驚かれました。
「ラシュワンだったかな? キミ、よく知ってるね」
「えっ、五輪の決勝の相手を覚えてないんですか?」
と、今度はこちらが驚いて訊くと、
「私が現役の頃は、日本で一番になることは、
世界一を意味していたからね。
日本選手権で9連覇したけど、
決勝は、毎年、同じ相手ではなかった。
国内に、研究して、覚えておくべき選手が多かったからね」
「そんなにライバルの研究をされていたんですか?」
「科学的に分析してたよ。
もし、私が根性論だけの練習量をしていたら、
身体が持たなかっただろうね。
相手を冷静に分析して、
勝つために必要な練習をしてきたから、
連覇することができたと思うよ」
大袈裟ではなく、東京リベンジャーズの岡さんは、経験、財力、機材、人脈などをフル活用しながら、日本一になることを戦略的に考え、実践していました。
関東予選が始まると、チームにCM制作会社のプロデューサーがいたので試合映像をカメラマンに撮ってもらい、平日の夜に集まって試合を見直しました。ある選手がどういう意図でその動きをしたのかを知ることで、週2回しか会えないメンバーの傾向も分かり、意思疎通も深まります。
また、全国大会でも戦う可能性のある敵の選手の能力を全員で分析し、同じことを複眼的に見る重要さを学びました。タグボートになってからも、
岡さんはきっとそうして、大事な試合で勝ち続けているのだと思います。
大会直前には、静岡などの遠方からも練習に参加している選手もいて、実力と練習参加率との兼ね合いで、「誰が先発出場すべきか」でモメることもありました。そんなある日、岡さんが言いました。
「どんな人も、自己評価と周りからの評価の差に苦しむ。
だから、いつも自己評価をして、
それよりもかなり低く思われていると覚悟しておけばよい」
そして、先発メンバーに選ばれる主因について訊くと、
「実力があるか、ないかという事実よりも、
試合で何かしてくれそうな選手に見えているかどうか
が大事なんだ」
ある時、関東大会の決勝戦で、敵と交錯して肩から地面に落ちた私は、激痛で動けなくなり、救急病院に運ばれました。肩の靭帯の部分断裂で、全治2ヶ月の診断でした。
自宅に帰り、肩が上がらないために脱げないユニフォームに苦戦していたら、岡さんから電話が掛かってきました。
「どうだった?」
「肩の靭帯の部分断裂でした」
「そうか…。全国大会には出られるのか?」
「全治2ヶ月でした」
「大会まで3週間ある、なんとかしろよ!」
無茶を言います。
でも、その全国大会に私は出場したのでした。普通のことをしていても、普通の人生しかありません。不条理なことを愉しいことに変えて対処する方法、それを実践している岡さんの背中には、沢山のことを教えてもらいました。
お互いチームを離れても、私が転職する時、海外へ行く時、帰国した時、独立する時、これまでのクリエイティブ人生の岐路に立った時、岡さんに相談すると、視点がガラッと変わるようなアドバイスを頂いてきました。きっと、岡さんは私にとって、これからも主将なのだと思います。
独立した日、タグボートの皆さんから大きな祝花が届きました。
お礼の電話をした岡さんから、
「これからは、本物だけが生き残れる実力勝負の時代だ。
まずは、3年間。死ぬ気でやって、生き残れよ!
俺たちもそうやって来たから」
と励ましの言葉を頂きました。
そして3年後…「なんとか生き残った」ことをお伝えすると、
「よくやったな、偉いぞ。次は10年を目指せ!
俺もあと10年はやるからな」
この11月17日で、弊社17(ジュウナナ)は、創業8年目に入ります。
必死になって生き残って、3年後に、岡さんに何と声を掛けて頂けるか…。
今から愉しみです。
岡さんとタッチフットボールをできたおかげで、今の私があります。
岡さん、ありがとうございます。
【日本一になった時の電通社内報用の写真。フォーカスが甘すぎる…】
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