コラム

コピーライター養成講座 講師・卒業生が語る ある若手広告人の日常

私を変えた凄い人たち —5人目 太田恵美さん

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【前回のコラム】「私を変えた凄い人たち — 4人目 Tham Khai Meng(タムカイメン)」はこちら

この連載ではコピーライター養成講座 講師である17(ジュウナナ)CD・CMプランナー・コピーライターの松尾卓哉氏が、仕事の仕方、向き合い方を根本から変えてくれた恩人を紹介します。5人目は、コピーライターの太田恵美さんです。

松尾 卓哉 
17(ジュウナナ) 代表
CD/CMプランナー/コピーライター

「目立つ、そして、モノが売れる」広告で、スポンサーの売上に貢献し、国内外の数々の広告賞を受賞。電通、オグルヴィ&メイザー・ジャパンECD、オグルヴィ&メイザー・アジアパシフィックのクリエイティブパートナー就任の後、2010年に17(ジュウナナ)を設立。主な仕事は、日本生命、野村證券、キリン、明治、ピザーラ、KOSE、TOYOTA、東急リバブル、東洋水産、ENEOSでんき、メルカリなど。2016年4月に、『仕事偏差値を68に上げよう』を上梓。企業、大学、自治体での講演も多数。

 

今回は、コピーライターの太田恵美さんです。
最近では、ONE OK ROCKを起用したHONDAのブランド広告での言葉が、クルマ離れの若者だけではなく、世代を超えた人々を振り向かせています。
そして、JR東海の「そうだ 京都、行こう。」シリーズでは、
名コピーを20年以上も書き続けている業界の顔であり、大先輩です。

私が電通の新人だった時に、『手書き事件』が起きました。(私がそう呼んでいるだけですが…)

私の入社当時は、クリエイティブ局の全員にデスクトップのMacが導入されたばかりで、書類といえばワープロ全盛で、手書きの書類もまだ市民権を得ていました。
 
ある日、局長から新人全員に課題が出され、2〜3ページの文章を書いて提出することになりました。

私以外の同期は、OJTで先輩コピーライターの下に付いており、ほとんどの時間を会社にいたので、Macを使って文章を書き上げてプリンターで出力したものを提出しました。
私は、所属部長の意向で、最初から先輩CMプランナーの下に付けて頂きました。そのため、撮影、編集、録音などに同行するので外出が多く、この課題期間中は、会社にはあまりいられませんでした。

一旦は、私もMacで書き上げて出力したものの、提出前夜にそれを自宅で読み返して書き直すことにしました。

ただし、当時は今とは違って、一般家庭には通信手段が整っていませんでした。ノートブックPCを自宅に持っている人は皆無です。Macで書き直すのであれば、作業は会社でするしかありません。

私は、手書きを選びました。コピーライターの先輩たちが原稿用紙に手書きでコピー案を書いてプレゼンしていたので、そういう職人的な姿への憧れもあったと思います。しかし、何よりも、より良い文章を練って、提出すべきとの考えでした。

これが完全に裏目に出ました。

書いた内容がダメだったこともあったのでしょうが、所属部長が呼び出され、

「なぜ、Macが支給されているのに、
 キレイな文書で提出しないのか。
 手抜きをして、松尾一人が手書きだった」

と注意を受けてしまいました…。
  
ちょうど人事異動を検討する時期で、他局への異動候補者の一人として私の名前が挙がりました。

ずっと広告の企画制作の仕事がしたくて、超氷河期だった就活をくぐり抜け、
社内のクリエイティブ配属の選抜試験にも受かって、やっと希望の仕事に就けたのに、何もしないまま転局するなんて…。
当時の人事制度では、それは、「二度とクリエイティブ局には戻れない」ことを意味していたので、とてもショックでした…。そのことを、宝酒造の仕事で一緒だった太田さんに話していました。

その数日後。編集終わりで、上司の部長と太田さんと恵比寿の焼鳥屋さんに行きました。(仕事終わりに、ご飯を食べながら仕事の話で盛り上がることが当たり前の時代がありました。先輩の話からは、自分とは違ったアングルでの物の見方、自分よりも深い思考を得られる貴重な機会でもありました)
   
3人で座ったカウンターで、私の気持ちを代弁するかのように、太田さんが上司の部長に言ってくれたのです。

「松尾さんは大丈夫ですよ。
 ちゃんと面白いこと考えようとしてるから」

太田さんは一目置かれていたので、その声は、部長の評価にも影響したと思います。その後も、私は何度か異動の候補者に挙げられたのですが、その度に、他の先輩の方々からも助け舟を出して頂いたおかげで、今があります。  

時は経ち、プレゼンの絵コンテづくりを任されるようになったある日。
宝酒造本社でプレゼンが始まる前の待ち時間にした太田さんとの会話です…

「こういうプレゼン直前に、もっと良いコピーを思い付いたら、
 太田さんならどうしますか?」

「この場で、書き直して出すわよ」

「でも、(ワープロ打ちの文字で)キレイに仕上げた絵コンテを、
 手書き文字で修正したら、
 確認ミスを見つけて、今、慌てて修正したみたいで、
 印象が悪くなりませんか?」

「『たった今、もっと良いコピーを思いつきました!』って、
 うれしそうに言えば良いだけじゃない」

「信じてもらえますかね?」

「新しいコピーの方が良いんだから、信じてもらえるわよ」

「でも、競合プレゼンだと、
 さすがに、そんな手書き修正はできないですよね?」

「あのね、松尾さん。より良い案を思い付いたら、
 いつでも直すべきなのよ。
 私たちの仕事で大事なのは、コンテの見栄えなんかじゃないの。
 プレゼンで終わりじゃないし、撮影して、編集して、
 納品が終わるまで、安心しちゃいけないの。
 私たちには、ずっと考え続ける責任があるのよ」

手書き事件の影響もあり、その後、見栄えの良いコンテをつくると先輩に褒められ、そのことで重宝もされはじめていたので、自分の居場所をつくることばかりを考えて、この仕事の本質を忘れていた自分が恥ずかしくなりました。
 
モーゼが海を割って一本の道が現れたように、
私の前に明確な指針ができた瞬間でした。

そして、この指針のおかげで、
数年後、私はカンヌを受賞することになります。(それは、また別のところで)

太田さんと仕事をできたおかげで、今の私はあります。
太田さん、ありがとうございます。

 
【いつも仕事への情熱の炎が燃え盛っている太田さんとお会いすると、
尻の穴がきゅっと締まり、背筋がしゃんと伸びます。
この日も笑ったのは、この撮影の瞬間だけです】


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