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コラム

マーケティング・ジャーニー ~ビジネスの成長のためにマーケターにイノベーションを~

広告で「心理学」がタブーになった理由とは? 広告の歴史を学ぶ その③

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「合理的説得」が主流となった理由とは?

後にヴィカリーは自分の調査会社のビジネスの拡大ために、不十分なデータのみでサブリミナル広告の効能を謳っていたことがわかり、同じ実験を他の研究者がしても、実際には購買行動に変化を与えられなかったことわかりました。しかしながらパッカードが主張した「広告業界は大衆を操作している」という見解は必要以上に業界にも影響を与えることになったのです。

特に前回、紹介したロッサー・リーブス(広告会社テッド・ベイツの創業者)が1961年に出版した本のタイトルは、「広告における現実(Reality in Advertising)」でしたが、この本の中でモチベーション・リサーチのスキャンダルに対して、広告を擁護しようと意図したが箇所あります。

そのことから、ポール・フェルドウィックはロッサー・リーブスのこの本のタイトルが、モチベーション・リサーチ研究者のピア・マルティノが1957年に記した『広告における動機(Motivation in Advertising)』に対応して書かれたものであると指摘します。リーブスは著書の中で「隠れた説得者などいない。広告とは、無慈悲な白日の光の下に晒されて、オープンに機能するものである」と主張しました。

そしてこのモチベーション・リサーチのスキャンダルによって、広告から「無意識」という言葉が排除されることになり、意識上の科学的アプローチのみが残されたのです。メッセージによる合理的説得が広告業界において、いまだに強いのはこのような背景があったというわけです。

心理学的要素を「クリエイティブの聖域」にしたバーンバック

このような形で広告は、合理的説得ではすべで説明できないにも関わらず、「無意識」などの心理的な領域への言及がタブーになったせいで、広告が機能することの大事な側面について語られることがなくなってしまいました。それをある意味で補完したのは、米の「クリエイティブ革命」をリードした黄金時代のクリエイター、ビル・バーンバックでした。バーンバックは、広告会社のDDBの創設者でコピーライターとして活躍した人物です。

バーンバックは当時、分業制だったコピーライターとアートディレクターが協業する、新しいクリエイティブチームの働き方をつくっただけでなく、フォルクスワーゲンの「Think Small」のような、知的でかつユーモアのきいた大胆なクリエイティブを世に送り出し、いまだに影響力の大きい人物です。彼は調査嫌いとしても知られ、合理的説得を旨とするロッサー・リーブスとは対極に語られることのほうが多い人物です。

フェルドウィックによれば、バーンバックはモチベーション・リサーチによる「隠れた説得者」の批判に対して、広告の「心理学的効果」について、それを科学ではなく、クリエイティブによる「アート」であり「魔法」と捉えることで、ある意味リーブスと共同で広告業界を擁護したのです。

バーンバックは自身で本は書きませんでしたが、彼の当時の発言は「広告はセールスである、説得である」という点ではリーブスと同じです。しかし違うのは下記のようなことを言っています。

広告の目的は、何度も繰り返すが、売ることである。

広告のプロポジション(proposition)が正しいかどうかを確かめたのちに、クリエイティブに落とし込み、それを尖らせ、巧みにし(artfully)、記憶に残るようにさせなさい。

独自の売ることの提案(ロッサー・リーブスの用語、unique selling proposition)だけでは十分ではない。独自に売ることができる才能(unique selling talent)がなければ、それは死んだも同然だ。

バーンバックは、広告業界に2つの点で影響を与えました。第1に「広告はセールス」という前時代までの合理的説得モデルを存続させたこと。そしれ第2に、エージェンシーのクリエイティブを「説得の魔法」の領域にすることで、心理学者、社会学者などの合理的説得以外の人文科学的な研究者を退けたことです。

そして、このバーンバックの「クリエイティブを聖域にする」という取り組みは、米・広告業界の黄金時代をつくり出し、そしてクリエイティブ革命が現代の広告クリエイターたちのひとつの金科玉条になりました。いまでもアカウントやクライアントは、「広告はセールス」型の合理的説得モデルにおいて議論し、そこからつくられるクリエイティブは説得をアートの形に変える「魔法を生み出す聖域」として扱われるようになったのです。

このような業界の慣習は、一般的に語られるように、聖域の教祖であるクリエイティブ・ディレクターが生み出すアイデアが、クライアントが望む経済的な合理性とはまったく別の価値観で決まるということであり、それは「アート」の領域として長らく保持されて、結果として『Mad Men』に登場する、クリエイティブ・ディレクター役のドン・ドレイパーのような人物がひとつの典型になったのです。

しかし、広告の合理的説得以外の側面はそれだけで解決されたわけではもちろんありません。次回はそのような「タブー」のなかから生み出されてきたアカウントプランニングをはじめ、その後の広告業界におけるより大きな視点からのさまざまなアプローチについてご紹介したいと思います。