メール受信設定のご確認をお願いいたします。

AdverTimes.からのメールを受信できていない場合は、
下記から受信設定の確認方法をご覧いただけます。

×

井上岳久×小西みさを 「一枚のリリースで分厚い企画書を超える 広報の仕事の本質」

share

一枚のリリースで全体を一気通貫

井上:僕がこの本『最強のビジネス文書 ニュースリリースの書き方・使い方』を書いた理由というのは、「プレスリリースを書けない人がすごく多い」からなんです。でも、きちんと書かれたリリースってとても便利に使えるものなんですよ。

僕はそもそも、横濱カレーミュージアムってところを自分とアシスタントの女の子の2人だけでやってたんです。広報はもちろん、商品開発から店舗開発まで全部やってたので、すごく忙しかった。

横濱カレーミュージアムはオープンのときに一度話題になって、その成功で僕が栄転したりして離れていた間にガクンと落ち込んで、最終的に「もう一度戻ってなんとかしてくれ」って話になったんですが……僕が広報で横濱カレーミュージアムを復活させたやり方はまず、「年間100本はメディア用のネタを作る」「リリースはネタの数×3=300本以上出す」ということです。

なるべく多くの弾を撃って、いろんなメディアに載せて、ミュージアムの露出を高めていく。そういうクレイジーなことをやってたんです。

商品開発もやるし、企画も立てるし、企画ごとにミュージアム内の店舗に向けた連絡書も書かないといけないし、それでリリースも年300本となると、もう企画書をいちいち一本一本作ってられないんですね。その忙しさの中で「社内文書もリリースでまかなう」という方法に行き着きました。

リリースを社内的にも社外的にも使えるようにすると、すごく効率よく業務ができるんですよ。リリースってちゃんと作れば、世の中のいろんなことを知ってるメディアの人の心をつかむことができるものですから、他の人を相手にしても通じるんです。小西さんの本を読んで、似たようなことをAmazonでもやられていると知って、驚きました。

小西:「プレスリリース形式の企画書」ですね。アマゾン ジャパンの社内用未来プレスリリースは本当に顧客目線なんですよ。「会社がこんなに儲かります」とか、「売り上げがこんなになりますよ」とか、「シェアがこれだけあります」とか、そんな内容は一切書いてないんです。

「とにかく、お客様が本当にそれを必要とするのかどうか」みたいな。お客様の未来の行動から逆算してリリースを出しているから、「なんで今これを発表するんですか?」と聞かれても、平気で「お客様のための用意ができたからです」と答えてしまう。

アマゾン ジャパンの社内プレスリリースは世の中にまだ存在しないものをつくり常にパイオニアであることが前提なので、ちょっと特殊な事例かもしれませんが、ただ、「プレスリリース」というツールは情報共有をするのにものすごく有益で、誰しもが同じ指標でもって「これが本当に顧客目線なのかどうか」ということを測ることができるメジャーみたいな感じなんですよね。

そういう意味では、アマゾン ジャパンのプレスリリースの作り方とちょっとガイドラインは違っても、たぶん用途としては井上さんがおっしゃっていることと一緒なんじゃないかなと思うんです。コンセンサスを取っていくための共通フォーマットというか。

いろんな部門から個別のフォーマットが出てくるよりは、統一した共通フォーマットを作って、それを見る目を養っていくほうがよほどノウハウになると思いますし、非常に効率的ですよね。たぶん、そこは我々の共通点なんじゃないかなと思いました。

井上:僕もそうです。本当に必要な要素だけを集めて、全体的に一気通貫するものを作ったほうが効率が良いなと思っています。また、リリース一枚にまとめることは中小企業にも有効なんですよ。大企業は分厚いプレゼン資料や企画書がありすぎて困っているんだけど、中小企業は反対にそれが全くない。中小企業のコンサルに行くと、「こういう企画があるんですけど」って社長に口頭で言われるんです。

「それって、具体的にどこで、どういう風にやるの?」「そこまで考えてないな」って。で、社員に聞くと「わからないです。詳細はぜんぶ社長の頭の中にあります」って。そういうのがすごく多いんですよ。それで「最低限、A4一枚にまとめて議論しようよ」っていつも言うんですけど、そのA4一枚のまとめ方すらよくわかってないですよ。

それに、中小企業の人は兼務していて、みんな忙しかったりする。できる人に仕事がものすごく集中するし、また、その人に企画書を書かせようとするから、無理になる。だったら、「とりあえず企画書もリリースで十分だから、リリース書いちゃえよ」ってことです。「どうせリリース出すんだから。社長にヒアリングして作っちゃえよ」というね。

社長に作ってもらうこともあります。「あの点は落とし所がうまくいってない」とか「ここが抜けてるな」とか、書いて見える化することでいろんな問題点がわかってくるんですね。

小西:いいですね。広報関係なくプレスリリース化していってらっしゃる感じですね。

井上:そうですね。だから、リリースを書くことにとっつきづらい会社は「飲み会の誘いをリリースで書け」とも言っています。

小西:(笑)。

井上:これも顧客目線、社員目線なんですよ。タイトルの付け方一つで参加する・しないが変わってくるものですし。

小西:「○○歓送迎会」ってだけだと楽しそうじゃないですもんね(笑)。

井上:それが「○○上司40年間の○○を讃えて」とか、「彼は会社にこれだけ貢献したよ」「みんなで送り出してあげようよ」という内容をタイトルに書くだけでも、集まり度合いも違うし、呼ばれた人も感動する。そういう経験を積んでいくと、「タイトル一つで効果が全然違うんだな」とわかるんです。

また、内容を見ても、「どこでやる」とか「開催日時」だとか、ただ「やるよ」だけじゃ誰も来ないですよね。そういうのも、他人の目線になって考える訓練をしていると、本番のリリースを書くときにも「メディアの人の場合はこういう情報が必要だな」と考えることができるようになるので、まずは社内の飲み会の誘いとか、気軽なところから始めるとスッと入っていけますね。

小西:それはいいですね。ぜひ私も啓蒙していきたいです(笑)。なかなかね、リリースを書き始める第一歩を踏み出すのが難しいと思うんですよね。

井上:そうなんですよ。意外に「書いたことないことをいきなり書く」というのはハードルが高いんですよ。

小西:他社さんが書かれているプレスリリースもけっこう私は見るんですけど、やっぱり10のうち9は「もったいないな」と思うプレスリリースで。これは井上さんの本の中でも強調されていましたが、本当に「見だしをとにかく死に物狂いで作れ」、と(笑)。

あれは本当に大切だと思うんですね。タイトルって、そのメールを開けるか開けないかの一番の鍵じゃないですか。皆さん、お時間のないかたばかりだとは思いますが、まずはそこに気を使う余裕だけでも作ったほうがいいな、と。

井上:そうですよね。ちゃんとしたタイトルを書いて、中身はそれなりに最低限の情報を伝えていれば、何とかなるんですよ。なのに、最初のタイトル自体がね、何書いてるんだかよくわからないとか、ただ「○○商品が発売」とかね、誰も見るわけないでしょという。

小西:聞いたこともないようなものをね。

井上:そうそう。家電メーカーさんのなんか、「A-000発売」と型番が書いてあるだけで、もう何なのかわからないものもあるんですよ。商品名がないものもあるんですよね。最初はそんなリリースを出してたんです。「これは誰も見ないだろう」という。

小西:「○○がリニューアル」とかも、「いや、リニューアルって具体的に何が変わったんですか?」みたいなね。タイトルの決め方は非常に悩ましいですよね。皆さん会社の中にいる時間が多いと思うんですけども、どうしても視点が内向きになってしまうんですよね。世の中との対話というところにもうちょっと軸を置いてもいいんじゃないかな、というケースがしばしばあります。

私がよくクライアント様に申し上げるのは、「そもそも今世の中の人たちは何に関心があるんですか?」というところで。もちろん、世のトレンドと全然関係のない商品やサービスもいっぱいあると思いますけど、でも、「なぜこの商品を作ったのか」とか「この商品は何の社会解決になるのか」とか、「誰のための何なのか」みたいなこと。

そこをもっと、うまくツリーを作っていくと、たぶんいろんな接点が生まれてくると思うんですね。そこまで行かずして何となくファクトだけ並べて組み立ててしまっているものが多く見られるかな、と感じます。

井上:そうですよね。ひとつ商品を作る場合でも、開発者の人は適当に作ってるわけじゃなくて、世の中を分析して、ニーズのあるものを作ってるわけじゃないですか。それをちゃんと聞かないで、なんとなーく、書類一枚かなんかもらって適当にリリースを書いているパターンも多いんですよ。そのへんはある程度トレーニングしないとダメなんでしょうね。

小西:そうでしょうね。今おっしゃったような、社内でヒアリングするような活動は、やはりPRの仕事だと思うんです。もちろん自動的に情報が集まる会社だったらいいんですけど、大体皆さんお忙しいから来ないじゃないですか。なので、やっぱりアンテナ張って、いろんな部署の方とコミュニケーションして、自分たちで情報を吸い上げていくような、そういうメカニズムを作っていかないといけない。

具体的な施策で言うと、アマゾン ジャパンで手掛けた「ペット休暇」は印象に残っています。これは「ペット用品」ストアのオープン告知のフックとして実施しました。ただ「ペット用品ストアがオープンします」では当然ながらニュースにならないので。

当時からペット需要もすごく伸びてきていて、会社の中でもよく聞いていたんですよ。「家族ならいいのにネコちゃんが病気になったのに休むとひんしゅくを買う!」と。この施策は休暇を日本人が取る、取らないみたいな、そういう社会課題のちょっとした解決策にもなりますし、話題性もあるかなと思って、人事に掛け合ってつくったんです。

休暇の日数は変わらないんですけど、要は堂々と「今日はペット休暇です」と言って有給を取れるシステムづくりをした、ということです。やっぱりシステムを大きく変えること、環境を変えること、人事制度を変えるようなことは難しいと思うので、すでにある環境の中でPRが「やれることを見つける」のは一つ大事ですよね。

井上:おもしろいですね。リリースってトレーニングの世界なので、枚数書かないとうまくならないんですよ。一枚書いてうまくなる人なんて、まずいないわけです。僕もいろんな人に指導してますけど、上達の速い人で最短で10枚くらいですよ。普通は50枚とか書かないとうまくならないわけですよ。でも、日本の会社って3年ぐらいで部署がすぐ変わっちゃいますよね。そうすると、やっとリリースを書くことがうまくなったあたりで異動してしまう。じゃあ日本の人事制度を変えるべきかというと、そこまではなかなか変えられないので、まずはこういう本で、何でもかんでもとりあえずリリースを書いてみて、量をこなして、3年かかるところを1年で戦力化しよう、という意味も込めてやっています。

井上戦略PRコンサルティング事務所代表 
PR戦略コンサルタント、マーケティングPRプランナー
井上岳久(いのうえ・たかひさ)

元横濱カレーミュージアムプロデューサー。入館者数減少に悩む同館を復活に導いたのち、2006年に退任。現在は戦略的な広報についてのコンサルティングを行っており、年間100以上のイベントを実施し、週に2回以上のリリースを配信するなど、独自かつ精力的なPR活動を展開している。

 

AStory合同会社代表
小西みさを(こにし・みさを)

ソフトバンクやセガなど複数の企業での広報経験を経て、2003年にアマゾン ジャパンの広報責任者に就く。「Amazon.co.jp」の黎明期から広報活動に従事し、同社のブランド価値向上に大きく貢献した。2017年にはPR戦略やPR活動のサポート、PRコンサルティングを行う会社、AStoryを設立し、代表に就任。ベンチャーから大企業まで幅広くサポートを行っている。