コラム

澤本・権八のすぐに終わりますから。アドタイ出張所

引っ込み思案の女の子が芸能界でスキルを磨き、上京して演技派女優になるまで(ゲスト:奈緒)【前編】

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福岡で一番下手なリポーター!?

中村:奈緒さんは、福岡出身でずっと福岡にいらしたんですね?

奈緒:20歳までいました。今24歳なんですけど……。

中村:どんな経緯でデビューしたんですか?

奈緒:高校の通学路でスカウトされて、そこから最初はモデルやリポーターとかをやらせていただいて。1年くらい経った時に、たまたまお芝居のワークショップを受けたんですよ。それでハマって、お芝居を仕事にしたいなぁと思って、今に至るという感じです。

澤本:リポーターをやっていたんですか?

奈緒:食レポとかもやっていました。『ももち浜ストア プラス』(2011-2018、テレビ西日本)という番組内で「おすすめ通信 なおちゃんねる」というコーナーを持たせてもらって(笑)。いろんなところに行って今のおすすめを紹介するというのを、1分間とか短い尺でやっていました。

澤本:情報番組で?リアクションも取っていたんですか?

奈緒:はい。お笑い芸人のパラシュート部隊さんというコンビの矢野ぺぺさんと、2人でうなぎを食べに行ったりとか、川下りしたりとか……。でもすごく下手くそだったので、たぶん福岡で一番下手なリポーターだったと思います(笑)。

中村:どんな感じなんですか?例えば、じゃあちょっと…中辛よりピリ辛めのインドカレーを食べた時とかは…?

奈緒:ちょうどいいですね~。

澤本中村:(爆笑)。

中村:ダメでしょう(笑)!

澤本:それをやる前は、普通に高校生だったの?芸能の仕事をやりたいと思ってなかった?

奈緒:そうです。ただ「早く働きたい」と思っていたので、すごく興味はありました。この仕事って、何歳でも関係ないじゃないですか。ただ、親がすごく反対していたので……。そんなに学校で目立つタイプでもなかったので、「自分には無理かなぁ……」という思いもちょっとあったんですが、そのタイミングでスカウトを受けたので、これはいいきっかけかもしれないと思って。「習い事感覚で始めてみれば……」ということで始めたのがスタートですね。

中村:それで親御さんも許したの?

奈緒:いろんな人と会って、昔の引っ込み思案な自分よりもコミュニケーション能力が高くなって。それは、母も「よかったね」と言ってくれたんですが、東京に出るとなった時がもう……。「ちょっと!嘘でしょ……」とすごく大反対されました。

澤本:東京に出るっていうのは、相談しないで決めたんですか?

奈緒:「東京に行こうと思う」とは言いました。でもそれが20歳になるタイミングだったので、最初は「何で東京に行こうとするの?」ってずっと引きとめられていて。でも行くと決めていたので、何とか説得して出たという感じですね。

澤本:んー……。

中村:ちょっとこの渋い顔を、皆さんに見せたい(笑)。じゃあ完全にはまだ?

奈緒:それが今、こっちで母と2人で住んでいて。

中村:そうなんですね!よかった!

奈緒:『半分、青い。』(2018、NHK)の朝ドラが決まった時に、やっと認めてくれるようになって。2年前くらいに「一緒に住まない?」と電話して。今は一緒に暮らしています。

次ページ「芸名に名字をつけない理由」へ続く

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