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コラム

世界で活躍する日本人マーケターの仕事

世界で活躍する日本人マーケターの仕事(P&G Singapore office 倉富二達広さん)前篇

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5年以上先を見て、中長期のビジョンを描く

― シンガポールに異動してからの仕事内容とは。

2016年7月からアジア本社のシンガポールオフィスで洗剤ブランドの「ボールド」、2020年4月から「アリエール」を担当しています。また、ジェルボール型洗剤は複数ブランドを跨り戦略立案を担当しています。見ているのは日本市場で主に中長期的な戦略を考え、先の未来の商品開発、ブランディングはどうあるべきかを担いつつ、今会計年度のビジネス成果にも責任を持っています。P&G内には日本のビジネスは非常にタフという認識があります。日本人は消費者が求める品質のスタンダードが世界でも一番高いと思われていて、日本人が持っているインサイト、商品ニーズは後々他の国に展開可能なことが多いものです。

そのため洗剤チームで、日本でこういうものが必要だよね、となればそれに沿って商品や広告をデザインしていくことができます。なお、この認識はアジア内だけではなく、北米本社のシンシナティでもヨーロッパ本社のジュネーブでも持たれていると思います。社内にはよくシェア&リアプライセッションが開かれ、各地域での成功事例をもとに、なにがワークしているか、お互いにどんなことをやっているかを共有し合う機会があるのですが、その中でも日本人の消費者が求める要求は非常に高いと思われています。日本の商品開発や広告に興味津々な人が多いものです。

中長期のスパンで戦略を構築していくわけですが、例えばビジネスを回していく上では2~3年がローンチまでのタイムラインを逆算しやすいことは分かるのですが、私はそれより長く5年からその先のことを考えたいと思いながら仕事をしています。先のブランドのことを考えれば考えるほど、短中期的なブランディングや商品戦略の精度も高まるのだと考えているからです。

例えば一部の東南アジア地域などでは洗濯は手洗いが多くて、粉末洗剤の利用が多く、おそらく3年先くらいではこの状況は変わらないでしょう。しかし、それより先の未来には大抵の人は洗濯機を使って液体洗剤を使うようになっていることは予想できます。にもかかわらず目先のこと、例えば2~3年先くらいを考えて、今のビジネスの大多数を担っているのが粉末だから、その粉末をとにかく守らないといけないということを考えていると、いざマーケットの状況が変わった時に対応できなくなるものです。

こうした観点で言えば、数年先のスパンでは足りないと感じます。そのため日々の仕事では、なるべくビジョナリーなことを言うようにしています。私が長期的なビジョンと短期的な売上の両方を考えるに越したことはないのですが、両方考えると妥協案が多くなってしまうので、なるべく球を遠くに飛ばすことを考えるようにしています。上や下から言われるだろうなということを意識してプランにすればするほど、大したものができなくて結果的に困ってしまいます。幸いP&Gの業務プロセスによりビジョンだけでは成り立たないことは適宜チェックできます。適切なタイミングで実現性を検討し軌道修正することで、短期の結果と長期のビジョンの両立を目指しています。

― 仕事をする上で、もっとも大切にしていることは何ですか。

一番大切にしているのは、プロダクトのアイデアです。こういう商品があれば消費者の問題を解決できるというものを探し続けています。プロダクトアイデアを描いて、消費者調査にかけて、本当に支持されるか?発売した際にどれくらいの売上・市場性が見込めるか?を調べます。

しかしコンセプト調査はなかなかパスしないものです。5年くらい洗剤のビジネスをしているので、だんだん精度は高まっていると思いますが、シンガポールに来た当初は、100本書いて1本も通らない感じでした。そのくらい日本の消費者は厳しい視点を持っているということなのでしょう。だからこそ、そこで通ったコンセプト、商品アイデアは、グローバルのチームにとっても本当にインサイトフルで素晴らしいものになるので、日本の消費者のためでもあるし、海外の消費者のためにもつながると思って商品開発に取り組んでいます。

5年間で手がけた案件の中で特に思い入れがあるのは、2017年に三層のジェルボール型洗剤「ジェルボール3D」のローンチができたことです。ジェルボール型洗剤は、元々は三層ではなく一層でした。また、それまでの液体洗剤では、同時には配合することができない成分の組み合わせがあり、それぞれの成分が持つ効果を最大限発揮することができず打ち消しあってしまうことがありました。

この課題に対する解決策として、洗濯の瞬間にそれぞれの成分を混ぜ合わせることが考えられていましたが、「ジェルボール3D」の開発により、それが実現可能になりました。有効成分を別々に閉じ込めたことで有効成分の鮮度を保ち、洗う瞬間に混ざり合うことで、効果を最大限発揮するのです。三層構造の話が始まった時、私は日本のボールドを担当していて、「アイロンがけが楽になる」というコンセプトを作りました。アイロンがけは家事の中で一番面倒臭いと言われています。

しかしながら、当初三層のジェルボールの便益に、アイロンがけが楽になる点は含まれていませんでした。しかし本当に日本の消費者のジレンマを解消するためには、アイロンがけが楽になる便益は必要だと訴え続けたことにより、この便益を含んだプロダクトイノベーションにすることができたのは感慨深いです。

 

※本記事の後半は、こちら

玉井博久

広告会社側(リクルート、TUGBOAT)のクリエイティブと、広告主側(グリコ)のブランド構築の両方の経験を生かして、デジタルを活用した顧客体験(CX)を手掛けカンヌライオンズなど受賞多数。著書に『宣伝担当者バイブル』(宣伝会議)、『「売り方」のオンラインシフト』(翔泳社)。2015年より5年連続シリコンバレーに、2018年より3年連続CESに、深圳、イスラエル、また米中のテックジャイアント本社に足を運び最新のデジタルテクノロジーを視察。得られた知見をマーケティング、Eコマース、コンテンツプロデュースに活用。シンガポールにてASEANのECビジネスを2年で10倍以上拡大させる。2012年より日本のポッキーの、2016年より全世界のポッキーの広告を統括。ポッキーは2020年に世界売上No.1*として、ギネス世界記録™認定。

*タイトル:最大のチョコレートコーティングされたビスケットブランド/2019年 年間世界売上高 推計$589,900,000 (国際市場調査データによる)
*国際市場調査のデータ分類上、クリームでコーティングされたビスケットも含まれる