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コラム

「広告」から「クリエイティビティ」へ【ACCプレミアムトーク】

杉山恒太郎さんに聞いてみた「日本のデジタル広告黎明期って、どんな様子だったんですか?」

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——デジタルの人こそ、理屈を超えた何かの大きな力を感じると、畏敬の念をいだくのかもしれません。

そうやって、最初は傍流としてスタートしたデジタル広告も、徐々に業務が拡大していくことになるわけですね。

ところで、杉山さんは、2002年 東京インタラクティブ・アド・アワード(TIAA)の創立にも関わられていますよね。そのあたりのお話も、伺わせていただけますか?

杉山:あるとき、ACCの坂田さん(耕氏・元ACC理事長)に呼ばれて、とにかくデジタルクリエイティブに関する賞(アワード)を作ってほしい、と。「恒ちゃん以外に、やれる人いないんだから。」って言われて、そりゃ、尊敬する先輩から言われたら、もうやるしかないですよね。そこから、東京インタラクティブ・アド・アワードが生まれるんです。

「東京」って付けたのは、インターネットはもう国境とか関係ないから、きっといつか世界中から応募が来るようになる、と思ってね。そのとき東京がきっと世界の最先端になっているだろう、という予感のもとに「インタラクティブ・アド・アワード」の上に「東京」を付けたんですよ。

そして、まず糸井重里さんに逢いに行きましたね。彼が当時から「ほぼ日(ほぼ日刊イトイ新聞)」っていうインターネットサイトをやっているのは知っていたので、彼に逢いにいって協力を求めたんですよ。

ただその時、彼はもう広告の世界からきっぱり足を洗っていたので、不安はあったんですけど、僕と彼は同期みたいなもんだからね。彼に「一生のお願いがあるんだ。実はインターネットの広告賞を立ち上げることになって協力してほしい」って言ったんです。すると、「一生のお願いって君から言うんだったら、それはやるしかないよな」と即答してくれて(笑)。そうやって、彼も審査員に加わってくれたわけ。「あの糸井重里が審査員にいる広告賞なら、そりゃ中途半端な賞にはならないだろう」、っていうことで、なんとかTIAAも形になってきました。

そして次は、仲條正義さんにTIAAのトロフィーのデザインをお願いしました。「一生に残るトロフィーにしてくれ。だけど、金は払えない(笑)」って。今から思うと、無茶なお願いですよ。それで仲條さんは、「じゃあ女房が旅行なんか行ったことないからさ、箱根の2泊3日旅行でどう?」って言われて、ちゃんと箱根の2泊3日の一流ホテルを、なんとか捻出しましたよ(笑)。そうやってあのトロフィーのデザインが決まったの。

——いやー、あのTIAAが、最初はそんな手弁当での立ち上げだったとは。驚きです。
しかしそこから、今や錚々たるデジタル広告の才能たちが輩出されていきましたよね。

杉山:第一回のグランプリが中村勇吾くんです。そして彼に続いて、中村洋基くん(PARTY)や、田中耕一郎くん(Projector)などなど、皆あそこから有名になっていきましたよね。TIAAが何かしら世に知れ渡ったりステップアップになるきっかけになったことは、良かったなあ、と思いますね。

最初は僕、1年か長くとも2年で辞めようと思っていたんですよ。ただ、賞が盛り上がっていくうちに、周りがなかなか辞めさせてくれなくてね(笑)。結果、第1回~第5回までTIAAの審査委員長をやりました。

——なるほどです。そのTIAAが、今はACCに受け継がれて、インタラクティブ部門になりましたね。

しかしこれまでお話をきいてみて、杉山さんの凄いところは、電通デジタル局の立ち上げ然り、TIAAの創立然り、全部「自分からやりたい!」っていう熱意の賜物ではなくて、単純に誰かに巻き込まれた結果、っていうのが面白すぎますよ。

杉山:いや、ただ気が弱いから断れないんですよ(笑)。でも、頼まれてやり始めると、良いものにしたくなってくるからね。僕も一緒に働くクリエイターの気持ちがわかるから。

それは、何故か僕の中に眠る進取の精神の心意気です!ちなみに「ピッカピカの一年生」(小学館)で、日本で最初に、ビデオカメラを使ったCM作ったのも僕なんですよ。これまた単純に、フィルム使う予算がなかったからなんだけど(爆笑)。

どんなものでもそうだけど、最初は、誰かの”好き“とか、”気持ち”から始まることだから。デジタルやテクノロジーだってそうだと思います。例えこれからどんなに技術が進化したって、重要なことは、その気持ちなんじゃないでしょうかね。

杉山恒太郎(すぎやま・こうたろう)
立教大学経済学部卒業後、電通入社。クリエーティブ局にて、クリエイティブディレクターとして活躍。1999年よりデジタル領域のリーダーとしてインタラク ティブ・コミュニケーションの確立に貢献。トラディショナル広告とインタラクティブ広告の両方を熟知した数少ないエグゼクティブ・クリエイティブディレクター。電通取締役常務執行役員、顧問を経て、2012年4月ライトパブリシティ代表取締役副社長に就任。2015年4月より、代表取締役 執行役員社長。主な作品に、小学館「ピッカピカの一年生」キャンペーン、セブン-イレブン「セブン-イレブンいい気分」、サントリーローヤル「ランボー」他シリーズなど。また、2015年7月にオープンした「金融ミュージアム」(三井住友銀行東館・大手町)の、企画・制作に携わる。


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