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コラム

競合を勝ち抜くための「もう片方のスキル」

【対談】競合プレゼンの本当の目的は過去の成功を乗り越えることにある

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「競合プレゼン」の成功とは――。プレゼン提案を行う側にとってはまず「勝つこと」「選ばれること」だが、その先にはクライアントのビジネスの成功がなければならない。

ライオン ファブリックケア事業部部長の横手弘宣氏は、自社やブランドが抱える課題の本質、つまり「イシュー」を共有できるパートナーと仕事をしたいという。横手氏と、書籍『競合プレゼンの教科書 勝つ環境を整えるメソッド100』(2023年3月発売)の著者で、クリエイティブブティック「FACT」の戦略プランナーである鈴木大輔氏が競合プレゼンのあり方やパートナーシップについて話し合った。

競合プレゼンの「当てに行く提案」はバレている

――『競合プレゼンの教科書』を読んだ感想は。

横手:競合プレゼンでプレゼンする側、つまり広告会社などの方が役立つように書かれた本ですが、僕のように競合プレゼンを主催するクライアントの立場からも共感するポイントが数多くありました。

鈴木:横手さんには本ができるずっと前の原稿の段階で読んでいただき、色々と有益なアドバイスをいただきました。

横手:「クライアント側から見てどう思いますか」というオーダーでしたね。読んで改めて実感したのが、競合プレゼンの成否はクライアントによるところが大きいということ。企画を出す側だけが頑張ればいいわけではないのです。

横手弘宣氏
横手弘宣(よこて・ひろのぶ)
ライオン ヘルス&ホームケア事業本部ファブリックケア事業部 部長
2000年、ライオンに入社。6年間の営業経験を経てマーケティング本部へ。住宅用クリーナー「ルックブランド」を担当し、「ルックまめピカ」「ルック防カビくん煙剤」の開発に携わる。その後2年間のMBA留学ののち、オーラルケア事業における主力ブランド「クリニカ」のブランドマネジャー。2021年からファブリックケア(洗濯関連)の事業部長。

例えば、各社からの提案がどれもいま一つであった場合、そもそもクライアント側が行うオリエンテーションの質が低かった可能性が高い。「売れるCMをつくってください」といったオリエンは最悪です。売れるために必要な要件は何なのか、機能が高いことなのか、そもそも商品の良さは何なのか、など我々の持つ情報や課題意識をしっかり共有せずに良い提案は得られません。

鈴木:クライアントの視点からの指摘はとても参考になりました。中でもハッとしたのは「迎合している、当てにいっている提案はバレている」ということ。クライアントの考えていることを超えていくための対話をしないと絶対に勝てないということを、改めて実感しました。

鈴木大輔氏
鈴木大輔 (すずき・だいすけ)
FACT 戦略プランナー
2006年ADK入社。競合プレゼンの存在すら知らなかった営業時代を経て、2010年より戦略プランナーとして大阪へ。一転して競合プレゼン三昧の3年間を過ごし、勝率5割を達成。ところが東京に戻ってからは、思うように勝てない日々が続く。業界3位の広告会社で苦しみながら戦い抜いた10年以上に及ぶ経験と、百を超える競合プレゼンで溜め込んだ知見を、競合に勝つための方法論として体系化。2019年、クリエイティブブティック「FACT」の立ち上げに参画。東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。

横手:対話はこちらも望んでいることです。勝ちパターンが見えない環境で、課題設定、つまり「イシュー」の段階から寄り添ってもらえるかどうかはパートナー選定の際の重要な要素といえます。

クライアントは「過去の成功体験」を乗り越えたい

――競合プレゼンの実施でこれまでのやり方を変えようと思うのはどんなときですか。

横手:既定路線の中からは答えが出にくいときですね。

例えば、すでに勝ちパターンができているブランドで、何らかのタイミングで現状を乗り越える必要性が生まれた場合です。従来のチームで取り組むのもひとつの選択肢ですが、デメリットは「今ある資産をどう生かすか」が議論のベースになってしまうこと。一方、新規のチームで取り組めばこれまで築いた資産を否定することは容易ですが、やり過ぎすると現場が受け入れられません。

過去の成功体験をいかに乗り越えていくかは本当に重要なテーマ。競合プレゼンを行う目的はほぼそれと言ってもいいかもしれません。

――パートナーには大手広告会社のほかにFACTのような少人数のクリエイティブブティックもあります。どのように選択していますか。

横手:どちらと仕事をする場合でも、我々のイシューにいかに寄り添ってもらえるかが重要ということは変わりません。ただ、「過去の成功体験をいかに乗り越えていくか」と考えたときに、少人数のブティックと仕事をしてみたいと思うことは多いですね。

鈴木さんが所属するFACTの皆さんも、できないことはできないとはっきり言ってくれるし、その一方で「これならできるかもしれません」という提案もしてくれます。

営業の社内調整力は必須

鈴木:「イシューをつかむ」ことは今回の本でも軸になっていますが、そこを意識していかないと戦略も立たないし、クリエイティブもつくれないし、一貫した提案にならないので、そこはFACTのメンバーみんなが意識しているところです。

横手:一般的には、大きい広告会社は組織が縦割りで社内調整が必要になり、会話はしにくいですよね。先方の営業の調整力に左右されがちなところもあります。独立系のブティックや大きくても縦割りではない会社、あるいはその発想を持った会社は対話を重視していてコミュニケーションは取りやすいですね。

ただ、大きい会社も営業だけではなくてクリエイティブディレクター(CD)が表に出てくるなど、変わりつつあるのも確かです。

――鈴木さんは大手とブティックの両方を経験していますね。

鈴木:企業規模と関係があるかはわかりませんが、若手のころはクライアントとの意思疎通に苦労した経験は数多くありました。信頼も得られてなく、課題の特定が甘いと感じる時期はありましたね。

そうした経験から、質問力や対話を通じて共通認識をつくっていったり、課題を特定したり、というステップを踏まないと提案の入り口にも立てないことに気づくようになりました。結局、この世界で優秀と言われる人は、営業、CD、ストラテジックプランナーなど、領域はそれぞれでも、クライアントと対話をして課題を引き出す能力に長けていると思います。

対談風景

横手:意思疎通について言うと、一番良くないのは営業が社内を動かせないこと。社内調整力が低いせいで社内が揉めてしまったりとか、クリエイティブがクライアントとの会議の現場に行きたいというのを止めてしまったりとか。

鈴木:耳が痛いです(苦笑)。CDが現場に行っても、その先にいるプランナーやクリエイターがクライアントと直接対話しないことも多くて、本当の課題を理解しないままCDのいうとおりに進めて、上手くいかないというケースは多いと思います。

横手:僕らも同じです。マーケターだからマーケティングだけをやっていればいいわけではなくて、関連部署のエキスパートをどう巻き込んでいくかは大事。社内のステークホルダーに「今のイシューはこれです」と伝えられないといけない。

組織マネジメントも、縦割りの専門性も大事ですが、その融合が求められます。そういう意味でも、独立系のブティックが評価されるのも理解できるし、我々事業者側も似たような課題を抱えているからこそ、いろいろなパートナーを求めるんだと思います。

情報環境のフラット化が進む中でどう戦う?

――過去の成功体験を乗り越えることが課題とのことでしたが、以前の勝ちパターンが通用しなくなっているのはなぜでしょうか。

横手:一番の要因は、情報量が昔と今とで大きく異なるからでしょう。メディアのデジタル化が進んでいて、情報の非対称性は発生しにくくなっています。それはクライアントと広告会社間でも、企業と消費者の間でも同様です。

例えば「いい洗剤」は誰が決めるのか。昔はメーカーやクリーニング業者が勧めるものがいいものでしたが、今は消費者の評価が先行します。もし「ある会社の洗剤は環境に悪い」という人がいて、実際ネットで検索して何かの成分が悪いという情報が見つかれば、どれだけ広告で頑張っても「いい洗剤」にはなれません。

だからこそ、イシューをどうとらえて解決するかが重要なのです。

鈴木:広告会社とクライアント間でいうと、昔は広告会社しか持っていない情報があったので、「こういう情報を持っていますよ」ということにも一種の提案性があり、そこからいいクリエイティブが提案できるというケースもあった。今はそんなことはありません。クライアントの方がファーストパーティーデータを持っているので情報量は多くなっていますね。

やはりここでもイシューの話に戻っていきますが、どれだけ課題を的確に捉えられるかが大事になります。それはある意味正しい姿になったともいえます。

大手かブティックかという話がありましたが、会社としての有利不利はどんどんなくなっていて、個人の能力や経験、思考の蓄積が問われるようになっています。僕らのようなブティックに活躍の機会が増えてきたのも時代の変化だと思います。

クライアントにも読んでほしい

――競合プレゼンを開いても良い提案が上がってこないケースがあるのはなぜでしょう。

横手:理由はふたつあると思っています。ひとつは本質、つまりイシューをとらえていないこと。もうひとつはコミュニケーションのズレです。コミュニケーションには組織と人の問題があって、それは僕のようなマネジメントの立場からするとある程度仕組みによってコントロールできます。問題はイシュー(課題)をとらえていないこと。

課題をとらえていない人間がオリエンをして、それを広告会社が聞いて、課題をとらえていないクリエイティブに落とし込んで出てくる企画が課題をとらえられているはずがありません。昔はそれをパートナーの責任にする人も多かったのかもしれませんが、最近はオリエンが良くなかったのではと考えるように変わってきていると思います。

僕がこの本をクライアント側にも勧めたいと思う理由のひとつは、相手が何を考えて提案しているかがわかるからです。それを踏まえてオリエンするのと、上司に言われるがままに「売れる商品をつくりたいです」と伝えるのではかなり違いが出る。そういう点でも、クライアントが読んでも意味がある本だと思います。

対談風景

――競合プレゼンをうまく経験値につなげるためにはどんな意識が必要なのでしょうか。

鈴木:やはり勝ってこそ。仕事を受注して、クライアントと密なコミュニケーションを繰り返すという時間を過ごした方が絶対に成長する。だから、まずは勝つために努力することが必要です。

いい提案ができれば負けてもいいという美学的な話は意味がないと思っています。だからといって、当てに行く、迎合するのではない。とにかく相手のことを理解して、勝つための準備をする。ただ、負けることの方が確率としては多いので、そのときにどうするか。

競合プレゼンを「ビジネスの高地トレーニング」と表現しているのは、糧になるから。よく「爪痕を残す」といっていますが、負けたけどクライアントに「いい提案でした」「気づきがありました」といってもらえると次につながる。そういう提案をどれだけ考えられるかですね。

社内的にも、そういう提案ができるとまた一緒に仕事をしたいと思う人が増える。社内ネットワークもできていくので、そういう面の成長も期待できます。「競合は害悪」という論調は昔からありますが、僕が競合プレゼンを嫌いじゃないのは、そういう経験値を高める機会が1カ月とか2カ月という短い周期で起きるから。今も新しい案件のために勉強中で、新しい知識を得ることができています。この本を読んで、競合プレゼンは「自分を成長させる良い機会」と考えて前向きに取り組む人が増えたらうれしいですね。

次回(8月17日掲載)は通常のコラムに戻ります。

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パートナーを探したいクライアントにも役立つ一冊

『競合プレゼンの教科書 勝つ環境を整えるメソッド100』は、広告業界やコンサルティング、ITなどのビジネス現場で行われている「競合プレゼン」「コンペ」「ピッチ」に勝ち抜く100のメソッドを体系立ててまとめた一冊です。ライバルに勝つためのポイントについて、提案の中身やプレゼンテーション技術ではなく、勝つ「環境を整える」点に着目。競合プレゼンが始まる前の「兆し」から始まり、オリエン、キックオフミーティング、ストーリーづくり、軌道修正、プレゼン当日、事後までのフェーズごとに、行うべきこと、注意すべきことを丁寧に解説しています。

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