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コラム

やかん沸騰日記

大事なことはみんな旅に教わった。

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旅01

今月はじめに上海に研修講師で出張に行きました。
毎年この時期に、博報堂グループの社員が上海に集まって2日間の研修をやるのです。

「なにもこの時期に」と心配してくれる人もいましたが、この時期だからこそしっかり自分の仕事をしなければいけないと思うし、今の中国の実態を自分の目で見て判断したいと思ったのもあります。
テレビや本やネットを見ているだけでは実際のところはわからないことが多いからです。

反日ムードは上海では感じられませんでしたが、日系の広告出稿はまだ止まったままでした。
しかし、現地で話した日本人も中国人も外国の人も、現状はひどい状況ながら、今後の先行きに対してネガティブなことをいう人がいなかったのが印象的です。
文化の違いや、様々なチャレンジを乗り越えて中国でビジネスを長くやってきた方は、たいていのことでは動じないある種の鈍感力を携えているからだと思います。

うれしいこともありました。
毎年上海に行くと、古い街並みが近代的なビル群になっていたりして、その変化のスピードにびっくりするのですが、同時に人々の生活意識の成熟度合いの変化も感じます。
今回、それにあわせて中国圏社員のプランニングやクリエイティブのレベルも急上昇していました。

はじめに上海で研修したのは今から8年前の2004年。
ちょうど電気炊飯器とケータイと大型液晶テレビが一斉にやってきた、いわば日本でいう「3種の神器」と「新3種の神器」が一緒に来てしまったような時代でした。
課題を出したら、どのチームも「コンセプトは豊かで幸せな生活」とプレゼンしてきたのを覚えています。
そんな頃を思い起こすと、感慨無量です。

しかし、上海はかなりバブルな匂いがしていて、高所得者向けのものの値段が実体価値を超えて急速に上がっていると思います。
たとえばワインなどは、日本の物価よりすでに高いと思います。

こんなこともありました。
研修で立ちっぱなしだったので、いきつけのマッサージ屋さんに行ったら、まったく同じ内容なのに、価格が安いメニューリストと高いメニューリストのふたつができていました。
僕が外国人だからでしょうが、店員がしつこく高いほうを勧めるので、
「いったい何が違うのですか?」
と聞いたら、当たり前な顔をして
「価格が違います」
と思わず突っ込みたくなるような答えが返ってきました。

苦笑しながら、なんだかこの感覚なつかしいなと思いました。
内容を伴わない、価格だけのプレミアム。
そう、僕が大学生の時の日本です。
実体価値で説明できないプレミアム価格は、典型的なバブルの現象だと思います。

こんな風に、現場で実際に見たり聞いたり体験したことは、日本でわかったつもりになっていることとは大きく違うものです。
データなどの二次情報だけに頼らず、現場に行くことの大切さは、旅から教えてもらった気がします。

出張であれ、プライベートであれ、旅はいろいろなことを教えてくれます。

Know the differenceという言葉があります。
海外に出ると、日本では当たり前のことがそうでなかったりします。
日本ではなんとも感じなかったものが、ものすごくありがたく感じられたりもします。
違うものを見ることによって、それまでの思い込みや固定概念が破壊されて、「見えない価値」が見えてくることがあるのです。
逆に、国や環境を超えても普遍的な「人間の本性」が見えてきたりもします。
つまり、違うものを見ることは、発想のキャパシティを広げてくれるのです。

しかし、旅には予期せぬトラブルがつきものです。
飛行機が飛ばない。盗難にあう。病気になる。
出国審査で古いパスポートだった。
インナーキーでベランダに閉じ込められた。
地図もスマホもない状態で道に迷った。
お風呂のお湯があふれて水浸しになった。
街でいきなり下痢をしてうんこをもらしてしまった。
これ、全部実話ですが、旅先では全部自力で課題解決しなければいけません。
アウェイの環境でピンチをどう乗り越えるか、というのが旅の醍醐味だと思っています。

今までで最大のピンチは、20歳の時、バッグパックを背負った世界一周旅行の途中で、スペインのマラガという街でスラムに連れ込まれてガラスの刃物をのどに突き当てられて、所持品を奪われた時でした。
長くなるのでここでは詳しく書きませんが、仲良くなった人に親切にされて、断れない状況に追い込まれるという、日本人の弱みを知り尽くしたプロの仕業でした。

しかし、それ以来「引くときは引く」ということを身体で覚えました。
どんなに断りづらい状況でも、後に引けない状況でも、本気でやばいと思ったらとっさに走って逃げられるようになりました。

こんな怖い目に合うと、もう知らない国の他人が信用できなくなって旅がつまらなくなるかと思いましたが、意外なことに、それまでより冒険できるようになったのです。
いざというときの身の引き方がわかると、活動範囲が広がるのです。
つまり「引くときは引く」ことができるようになったら、「行くときは行く」ことができるようになったのです。
これは、旅だけでなく、生活やビジネスのさまざまな局面で役に立つ人生訓です。

旅においてもうひとつ重要なことがあります。
地味なのですが、日記を書くことです。
興味のある現場に行って、その時の自分が何を感じたり気づいたりしたのか。
トラブルに見舞われたときに、自分が何を考えてどう行動したか、
今までやったことのない領域のことに冒険した時に、自分は何を感じたか。

旅02

旅の体験は一度きりです。
その時の自分は一度きりしかいません。
だから僕は、旅に出るとひたすらそれを記録します。
こうしないと、記憶の解像度は劣化するし、都合の良い記憶しか残らないからです。
それを何年かして読み返してはじめて、自分を客観的に見ることができると思っています。

僕は仕事でも、同じことをやっている気がします。
何か難しい課題に対して、さんざん悩んだ挙句、ブレイクスルーしたときや、トラブルを乗り越えた時には、必ず、自分やチームがどんな思考プロセスをたどってそこにたどり着いたかをレビューして、日記に書き留めたりします。

最後に、たくさん海外に行ったことのある人におすすめの日記術をご紹介します。
「趣味のパスポート分析」という記録方法です。

まず、自分の歴代のパスポートの出国印と帰国印の日付をエクセルに入力していきます。
次に、国や都市、目的や同行者などの情報を横のセルに書いていきます。
これだけ。
あとは酒でも飲みながら、バッグパックとスーツケースの比率を分析してみたり、行った国のランキングを集計してみたり、そんなちょっと暗い遊びです。

ちなみに、昨夜上海のデータを入力したのですが、
今年は9回10か国に渡航して、海外滞在日数は80日間になりました。
累計では87回のべ126か国に渡航して、海外滞在日数は984日間になりました。
もうすぐ1000日か。うーむ。我ながらずいぶんあちこち行ったものです。

 1.行くときは行く
 2.引くときは引く
 3.日記を書く

この3つは、僕が旅で学んだ「旅の3か条」なのですが、旅にかかわらず仕事にも人生にも役立つ人生訓だと思っています。

木村健太郎「やかん沸騰日記」バックナンバー

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