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コラム

CSR視点で広報を考える

アジア太平洋経済協力会議で見せた米国の情報戦略

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ホワイトハウスの先制攻撃

12日~13日にかけてホノルルでアジア太平洋経済協力会議(APEC)閣僚会議が開催された。前日の11日、日本の野田首相は「TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉への参加に向けて関係国と協議を開始する」と表明、APEC関係諸国もこれを歓迎した。

しかし、この会議の期間中に行われた日米首脳会談での談話として「野田首相がすべての物品、サービスを貿易自由化交渉のテーブルに乗せると表明した」とホワイトハウスが発表したことで、物議をかもすことに。日本政府は、直ちに反応、「事実と異なり、訂正を求める」と抗議、外務省も「野田首相はこのような話をしていない。ホワイトハウスはすでに誤りを認めた」と発表した。

これを受けて、ホワイトハウスは談話で「日本政府が野田首相の発言内容を否定したことは理解できない」と日本政府の抗議を一蹴し、訂正に応じない姿勢を示すとともに自らの発表を現在も堅持している。

これらの一連の報道により、今回の日米首脳会談が非公式会談であり、野田首相がどのような発言をしたかについては国民には開示されず何らかの密約がされたのではとの疑惑が広がりつつある。この疑惑を払拭するため、野田首相は会談の様子を極力詳細に開示し、今後もTPPに関する情報をオープンにしていくと発表している。

米国の戦略は実戦でも情報戦でも先制攻撃(Rapid Dominance)が基本である。特に今回のAPEC会議においてはオバマ政権にとって重大なミッションが隠されており、「日本」はまさにそのキーとなっていた。

米国及び参加国がいずれも賛成派ばかりではない複雑な事情を抱えるTPP

米国が牽引している9カ国の合意だけでも大変な時間と労力が必要だが、それ以上に深刻なのが、米国の国内事情だ。TPPの窓口となっている米通商代表部(USTR)のロン・カーク代表には日々色々な団体・組織・個人から要請や苦情が入ってくる。

彼が重要視する書簡はめったにないが、APEC閣僚会議が開催される直前に送られて来た書簡は違った。米下院歳入委員会および上院財政委員会の幹部を務める超党派議員4人の連名によるもので、日本がTPP交渉に参加意向を示した場合に、議会との事前協議なく早急に決断することがないよう要請したものだった。皮肉にも相次いで米自動車業界団体が日本の参加表明に対して反対声明を出すなどオバマ政権にとって必ずしも日本のTPP交渉参加は手放しで喜べる状況ではなかった。

一方、オバマ政権の今後の経済政策としてTPPは絶対成功させなくてはならない戦略の一つだった。国際貿易投資研究所によれば米国の貿易依存度(GDPに占める輸出+輸入の割合)は22.35%で107位と主要大国の中でもひときわ低い。ちなみに韓国は87.89%、中国は51.07%となっており、米国の貿易活性化は命題としてオマバ政権に重くのしかかっていた。

今回の、APEC会議では、米国にとって、TPPに関して大枠合意が9カ国との間で取り付けられることのほか、主要大国から交渉参加の目処を確認することにあった。既に閣僚会議の開催前から各国間での情報戦は始まっており、参加表明が確実視されていたカナダからは開催2日前になって、担当大臣であるファスト貿易相が「カナダ政府は関心を持ってTPP交渉を見守っているが、参加についての決定は下していない」「現時点ではTPP入りがカナダの国益に沿うのかどうか、結論を出していない」と語り、参加を検討している多くの国をさらに迷わせることになった。

そうなると、米国にとって日本の参加表明と何らかの約束を引き出すことは最重要ミッッションとなったに違いない。日本は単に主要大国というだけではなく、アジアで行う自由貿易協定「FTA」という連携の主要国でもあるという大きな意味があった。中国は米国のTPPには一定の距離を置き、アジアにおけるFTAの主導的立場を維持する戦略を取っており、日本のTPPへの参加表明の動向が焦点となっていた。

12日に行われた非公式の日米首脳会談の結果は絶対に日本政府よりも早くホワイトハウスで発表しなければならない理由はそこにあった。「日本のTPP参加表明」はホワイトハウスから世界の通信社を通じて配信された。

その後、この激震となったニュースはTPPへの参加が否定的であったカナダのハーパー首相の参加表明を決断させ、メキシコも参加を表明させる原動力に。さらにフィリピン、台湾、パプアニューギニア、さらにAPEC加盟国ではない南米コロンビアなども関心を示しているという。これまでの9カ国の国内総生産の合計は16兆8400億ドル(1296兆円、2010年)で、世界に占める割合は27%だったが、日本、カナダ、メキシコが加わることで24兆9100億ドル(1917兆円)となり、世界経済の約40%を占める巨大経済圏が誕生することになる。

15日付の中国紙「環球時報」では「TPPはアジア太平洋地域の政治や経済、貿易の標準構築を目指している」として中国が早期に交渉に参加するよう促す論評を掲載し、中国ですら飲み込む大きな流れをつくっている。この一連の流れの発端は野田首相の参加表明をうまくとらえた米国の情報戦略の勝利となった。

米国内では、いまだ参加国が増えれば合意の条件が複雑化し、合意までの時間が長期化するなど反対の意見も多いが、今回の40%の経済圏支配はそれを上回る説得力があるだろう。

ホワイトハウスは、「最終的にオバマ大統領の思いの通りになった」とコメントしたが、それは情報戦(インフォーメーション・エスピオナージ)に最後に勝利した者のコメントに聞こえた。

白井邦芳「CSR視点で広報を考える」バックナンバー

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