コラム

100万人のメディアを潰した男、キュレーションを語る。

複雑化した社会に追いついていないメディアの課題―村社会時代からソーシャル時代までを振り返る

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メディアの歴史はキュレーションの歴史

前回のコラムでは、テクノロジーが情報発信に重きを置いて進化してきたことへの揺り戻しとして、情報受信の立場に立った「キュレーション」に注目が集まっているという話をしました。では、テクノロジーが情報受信の進化へと模索を始めた今、情報の媒介者である「メディア」はどう変わっていくのか。そのことについて今回は考えてみたいと思います。

メディアの未来を考えるためにも、まずはその歴史を(ものすごく)ざっくりと振り返ってみます。

メディアの歴史はキュレーションの歴史でもあります。かつて社会が「村」のような少数のコミュニティだったころ、メディアとして機能していたのは、一部の「噂好き」や「情報通」だったと思います。「長老の家に子供ができたらしい」「どこに行けば獲物が見つけやすい」など、村社会に必要な情報の媒介者を担う人物。ごく少数のコミュニティでは、流通する情報量も少ないため、充分伝えることができた時代です。

「村」から「都市」へと社会の範囲が広がると、関わる人が多くなる分、情報の流通量は増え、求められる情報は「時の権力者に子供ができた」「あの都市とは水産物の取引ができる」などに変化します。そして一部の「噂好き」や「情報通」ではカバーしきれなくなった情報は、「瓦版」のようなものに集約され、ある程度の選別や編集を経て流通し始めます。以前、キュレーションとは「情報の収集、選別、編集、伝達」することと述べましたが、ここにはまさにキュレーションのプロセスがあります。

社会の範囲が広がると「社会に必要な情報」が変化するため、メディアは情報をキュレーションして「情報通」から「瓦版」へとカタチを変える必要に迫られるわけです。「村」から「都市」、「都市」から「国」へと社会が広がる度に、メディアは「噂好き」から「瓦版」「新聞」と、情報をキュレーションしながらそのカタチを変えてきています。

そして今、ネットの登場によって社会は物理的な枠を超え、「ソーシャル」の範囲にまで広がりました。SNSでは遠くに住む知人とも繋がれますし、それぞれが同僚や友人、家族など、別のコミュニティとコミュニケーションが取れる時代です。また、ソフトバンク孫社長の「やりましょう」のように、一個人が企業活動に影響を与えるという、これまでには考えられなかったことも可能になっています。社会の範囲は明らかに広がり、かつ複雑化している。「歴史は繰り返す」のであれば、社会の範囲が広がったわけですからメディアも変化するフェーズにあるはずです。

「人と情報の媒介」であることがメディアの務め

情報発信が飛躍的に簡単になったことで、個人のつぶやきから報道、オピニオンに至るまで、情報はあらゆる場所で同時多発的に発信され、断片化し続けています。いまのネットは、言わば「瓦版」が街中に散乱している状態。道いっぱいに敷き詰められた「瓦版」のなかに、欲しい情報があるのかないのかわからないまま「検索」を続けているのが現状です。

メディアの務めは「人と情報の媒介」です。「瓦版」が「新聞」に進化したように、ネットメディアも溢れる情報をキュレーションするべく、その構造を大きく変えるときが来ています。

しかし、今のネットメディアは旧来メディアと同じように「一部の人間による編集」を続けており、情報媒介の手法や構造を変えていません。1日にDVD2.9億枚も出力される情報に対して、限られた人数では追いつくはずもない。情報をキュレーションして届ける役割を「編集部」が担うのは、そもそも限界があると思うのです。

次回はこの「編集部の限界」について、「R25式モバイル」の編集で感じたことを引用しながら、少し掘り下げてお話します。

桜川和樹「100万人のメディアを潰した男、キュレーションを語る。」バックナンバー

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