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ホンダ、異色のプロマネが語る。プロジェクト進行に必要な計画3段階、野心のサイズ、プリンシプルとは?【後編】

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ホンダ、異色のプロマネが語る。プロジェクト進行に必要な計画3段階、野心のサイズ、プリンシプルとは?【前編】はこちら

前例はないが、失敗もできない。未知で、複雑で、不確実なプロジェクトをどのように進めていけばよいのでしょうか。『予定通り進まないプロジェクトの進め方』、『見通し不安なプロジェクトの切り拓き方』(宣伝会議)の著者前田考歩氏が、これまで数多くのプロジェクトに携わってこられた本田技研工業株式会社の原寛和氏にインタビューを実施。前編では、プロジェクトを段階的にとらえる「計画3段階」や、段階に応じた目標設定などをお話いただきました。後編となる今回は、組織でプロジェクトを進めるうえで大切なマインドセットや、マネージャーとしてのメンバーのマネジメントについてなど、詳しくお話をうかがいます。

プロジェクト化する意味と、プロジェクトに必要なプリンシプルとマインドセット

前田:原さんはすごくプロジェクトをメタ的に、俯瞰して見ているように感じるのですが、原さんにとってプロジェクトとはどのような仕事ととらえていらっしゃるのでしょうか?

原:言われてみると、確かにメタ的に見てますね(苦笑)。ひとつには、自分が問題解決で関わる各領域の専門家ではないことが多いからでしょう。経験がないので思い込みも少ないし、現場の意見もデータも割とフラットに見られる。その領域の常識を疑いやすいんです。自分のような門外漢がプロジェクトに加わる意味はそこにあるとも思ってますね。

プロジェクトとは、既存の組織や仕組みでは難しい問題解決をするための、期限のある活動だと考えています。時には既存のライン組織と一定の距離を置いて設置され、これまでとは異なる視点やアイデアを取り入れようとする。そのために他の部署や外部から多様な人材を入れていくわけです。こう考えていくと、参加メンバーやプロジェクトの評価者が異分野の人や未経験者の意見を尊重できないなら、プロジェクトはやる意味がないんです。

既存の組織で培ってきた経験やドメイン知識をそのままプロジェクトに持ち込んでくると、バイアスが強く働きます。チャレンジングなことをやろうにも、経験が邪魔をして「無理ですよ」となりがちになる。でも、プロジェクトはこれまでとは異なる解き方を考える活動なので、バイアスは出来るだけ持ち込まないようにしたい。だから異なる知見を持つ人を積極的に混ぜ合わせて、むしろ彼ら彼女らの意見を意識して立てるようにしています。

前田:人によってはこれまでの経験を否定されるように受け取る人もいそうです。

原:そうですね。でも、最初は我々もずいぶん否定されるんです(苦笑)。例えば、物流のプロジェクトを立ち上げた当初、ある部門に説明に行くと「そもそも、どこかでこの仕事をやってたの?」と聞かれました。ただ、私が完成車物流の業務に関わったのは25年近いキャリアの最初の2~3年、しかも現場の営業所という限られた経験しかありませんので、それを正直に話すと、その後データやアイデアを見せても「現場はそんなに簡単ではないからねぇ」とけんもほろろで。

しまいには「このデータは自分の感覚と違う、取り方がおかしくないか」と疑われ、実はそちらの部門が取ったデータの着眼点を変えただけなんですけど…という微妙なやり取りにもなったり(苦笑)。

しかし、そもそも経験者でクリアできる問題なら、経験者が豊富なライン組織で解決できているわけですよね。それができない、あるいは足りていないから異なる考え方を入れる必要がある。それがプロジェクトです。「経験者でないとわからない」と考える人がプロジェクト外にいるのは仕方ないけど、メンバーの中にいるとプロジェクトの議論が深まらない。経験者の発言は重いからです。そういう意識のカベを崩す十分な時間が与えられていれば別ですが、有期のプロジェクトでそこに時間を掛けすぎるわけにもいきません。

アジャイル開発では「誰をバスに乗せるか」と喩えるそうですが、私は、やる気やスキルの有無以上に、領域経験の有無や年齢を超えて他人の話をリスペクトできるかという姿勢を重視してメンバー選定を考えます。経験に自負はあっていいんですけど、経験あるいは経験者の話からしか学ばないというメンバーは困るんです。無自覚でこういう人が少なくないんですが(苦笑)。誰が言おうが良いアイデアの価値は変わらないんです。

前田:オープンイノベーションを掲げてまったくプロジェクトを進められない人に聞いてもらいたい話です。

原:異なる考えを入れるという点では、野心的なスタートアップと組むのもメンバーの刺激になります。今回のプロジェクトも画像認識AIを手掛けるFirst Loop technologiesさんと一緒に取り組みましたが、変に業界のしきたりを知らないのでバイアスがない代わりに、自分たちの技術やノウハウを世に問おうと思い切ったアイデアを出してくれるし、スピード感を持って実装してくれるので社内メンバーにも火が付く。もちろん、自社のやり方の押し付けや丸投げにならないように注意が必要ですが。

前田:異なるナレッジやカルチャーを持つ人々とプロジェクトを進めていくうえで重視していることがあれば教えてください

原:プロジェクトの判断基準、私はよくプリンシプルと言うのですが、これをメンバーに徹底して伝えます。自分たちがなぜこのプロジェクトに取り組むのかという背景や全体の構想・方向性、そしてプロジェクトの幹となる意思決定の原理原則。これを社内・社外のメンバーを問わず、判断や行動原理として腹落ちさせることに時間を割いています。

結局、私が箸の上げ下げまで指示してしまうと、私が考えた以上のアイデアが出てこないんです。それではプロジェクトの成果が面白いものにならないし、何より私が面白くない。

時間的に私が全ての打ち合わせに出られるわけでもないし、出る気もないので、プロジェクトの原理原則を土台に、自分たちの想いとアイデアで試行錯誤してもらって「そうきたか」と私を出し抜いてほしい。変な話かもしれませんが、その瞬間がシビれるんです(笑)。

前田:メンバーが自分で考えて、問題を発見して、行動できるようにしていくのは並大抵のことではないですが、どのような支援をメンバーに対して行っていらっしゃいますか?

原:困っているメンバーに私がこうしなさいと言うのはそんなに難しくないんです。自分が責任を取れば良いだけだし、仕上がりも読めるので、言う方も言われる方も安心感があるかもしれない。しかし、誰かに言われてやるようなことは身になりにくいし、正解のない問題や抜本的な解決に挑む意欲が減ってしまいます。

いまや「リスク」や「コンプライアンス」を持ち出せば大抵のチャレンジが止められる時代ですし、成果がすぐに確実に出ることなら先達がとっくにやっているはず。言い換えると、難しい問いに挑まなければ、もはや価値創造が難しい時代なんです。だからこそ、ライン組織ではないプロジェクトが活きてくる。特に構想段階での失敗なら、止めるにせよ方向を変えるにせよ痛みも小さいですし、自分も諸先輩方にだいぶ大目に見ていただきました。ですから、特に若手や中堅が自ら考えてトライできる場を作ってあげたい。

ただし、場をつくったからあとは自分たちで考えろとか、取り敢えず現場に行けというのも無責任だと思ってます。その問題を見るメガネや、測るモノサシを変えずに現場に行っても、得られるものはこれまでと同じになりがちだからです。

そこで私は、他社さんや研究者との情報交換の場をつくったり、文献やセミナーを紹介します。特に悩んでいるメンバーには、意識して「余談」をします。一見関係なさそうな別の業界の事例を話したり、ある問題について学者が積み重ねてきた実証研究の知見を説明したりする。それ自体をヒントにして欲しいのもあるんですが、それ以上に、いまあなたが持っているメガネやモノサシだけでその問題を見ないでほしいと気づいてもらいたいんです。

こうして普段とは違う人や情報に接していくと、違う視点がぼんやり見えてくる。何か気づいたなと思ったら、あとはこちらが日程を切って追い込んで(笑)、行動を促します。

そういう意味では、我慢も支援かもしれません。私が日程的に追い込まれて、早く気づいて手を動かしてくれと心中泣きそうになっていることもあるので(苦笑)。

前田:マネージャーとして心がけていることはありますか?

原:私の中心的な仕事は、課題設定でありディレクション(方向付け)です。ですから、課題設定の背景や意思決定の理由をロジカルに説明すること、そして問題解決の方向性をみんなで考えるために自分の経験以外の引き出しを持っておくことを心がけています。

この引き出しにはプロジェクトメンバーの刺激になる視点をできるだけ入れておきたいし、どの引き出しを開けるかも考えなくてはなりません。そのためにも、個々の問題事象にとらわれ過ぎず、奥にある本質的な問題や構造をいちど抽象的にとらえることが大事になります。偉そうに言ってますが、私自身も思い込みや経験によるバイアスにとらわれてしまいますし、そもそも私の課題設定が間違っていればメンバーを迷わすことにもなるので、いちど引いて、また寄ってということを繰り返しながら物事を眺めるようにしています。

前田:最後に、原さんはインタビューを依頼する前から拙著を購読くださったと聞いたのですが、どのあたりに興味を持って手にとってくださったんでしょうか?

原:最初はタイトルですね。「予定通り進まない」なんて、ずいぶん当たり前のことを大上段に言うなと思いまして(苦笑)。でも、わざわざタイトルで強調しているということは、これだけ変化が激しい世の中においても「プロジェクトは一度立てた計画通りに進めなければならない」と考えている人がまだまだ多いのかなと思い直して、手に取りました。

読んでみて最高に気に入ったのは「プロジェクトは編集である」という一文でした。プロジェクトの本質をスカッと言い抜いた一言で、シビれましたね。松岡正剛さん(※編集部注:編集工学の提唱者)の本を折に触れて読んできたので、言われてみればと目からうろこでした。おかげさまで、私が様々なプロジェクトで目指してきた「良い計画を目指しつつ、変化に柔軟に対応する」とは要するに編集だったんだと気づかせて貰いました。

前田:計画にとらわれすぎないよう、プロジェクトを編集していこうというメッセージを受け取っていただいて著者冥利につきます。原さんがひとつの会社のなかで経験されてきたプロジェクトの多様さや、メタ的なプロジェクトのとらえ方、メンバーの学習・成長を促す姿勢・考え方など、ここまで多岐にわたってご自身のプロジェクトを整理して言語化されている方にはなかなか出会ったことがなかったため、たいへん刺激を受けました。ありがとうございました。

 

原 寛和(はら ひろかず)氏

本田技研工業株式会社 地域事業企画部 ビジネスアナリティクス課
1996年入社。東北地区の営業部、米国販売子会社(研修生)を経て、海外向け四輪車の商品企画を担当。その後、ハイブリッドカーや軽自動車「Nシリーズ」のブランド戦略(ネーミング・広告・店舗開発等)、再生回数4,000万回以上を記録したOKGOとのコラボレーション企画などを推進。2016年からは事業改革プロジェクトに参画し、サプライチェーンやデジタルなど幅広い領域の戦略立案にも関わる。中小企業診断士。

 

前田 考歩(まえだ たかほ)氏

自動車メーカーの販売店支援兼グリーンツーリズム事業、映画会社のeチケッティング事業、魚の離乳食的通販事業、テレビCM制作会社の動画制作アプリ事業など、様々な業界と製品のプロジェクトマネジメントを行う。子どもの探究心を育む「なんで?プロジェクト」、企業のイベントやセミナー設計のための共通言語をつくる「イベントモジュールプロジェクト」などを主宰。宣伝会議では、「プロジェクトマネジメント基礎講座」、「web動画クリエイター養成講座」、「提案営業力養成講座」などの講師を担当。

 


書籍案内

見通し不安なプロジェクトの切り拓き方
今日の社会においては、実に幅広い領域で、ルーティンワークではない前例のない仕事、すなわち「プロジェクト」が発生しています。
特別な訓練を積んでいなくても、特別な才能がなかったとしても、共通のフォーマットやプロトコルに基づく「仕組み」や「方法」によって、チームを成功へと導いていける。
本書では、未知で困難なプロジェクトを切り拓くための方法をお伝えします。

 

対談バックナンバー
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押井 守監督特別インタビュー抜粋。新刊書籍『見通し不安なプロジェクトの切り拓き方』(2020.04.07)

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