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コラム

なぜ教科書通りのプランニングはうまくいかないのか

第18回 「CRM」ご使用上の注意(前編)

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前回はリテンションについてお話ししました。今回のテーマは「CRM」です。顧客データ管理ツールやSNSなど、CRMの手法に関する知見がたまってきている一方で、CRMの意味が狭くなり、本来考えなければならないところに大きな見落としが出てきているように感じています。では、始めましょう。

 

「狭義のCRM」と「本来のCRM」

CRM(Customer Relationship Management=顧客関係管理)とはその名の通り「顧客との関係を管理すること」ですが、目的はブランドの長期的な成長です。顧客の成約率などのデータを一元管理しダッシュボードで確認することや、LINEやTwitterなどSNSを通じて継続的にアプローチをかけていくことは、目的のための手段の一部ではありますが、そのすべてではありません。

まず、ブランドと顧客の関係がさまざまです。具体的には前回お話しした「9セグマップ」のような形になっています。顧客データ管理ツールによる「狭義のCRM」がカバーしているのはすでに買っている顧客との関係づくりの話ですが、「ブランドの長期的な成長のために顧客との関係を管理する」という本来のCRMの意味をふまえれば、まだ買っていない未来の顧客との関係づくりも考えに入れてしかるべきと思います。

また、SNSを通じて継続的にアプローチし、顧客をロイヤル顧客に育成するということもよく行われていますが、アプローチのルートがデジタルを介したものに寄り過ぎて考えられている可能性があります。デジタルは改善が目に見えるので、マーケターとしては面白く、つい熱中するという側面もあるかもしれません。生活者側の視点に立ったときマーケター自身がどれほどそれらの情報に関心を持つのかと考えると、現在の状態はやや過度な期待をかけてしまっているように思います。

実データ グラフィック

クライアントからCRMの相談を受けるときに多く聞かれるのは「公式SNSのフォロワーが現在何人で、それを増やすにはどうすればいいか」ということです。公式アカウントをフォローする人が増えればよい。そうすれば広告費をかけずにメッセージを伝えることができる。すると売れる。さすがに話が飛躍しすぎているように思います。

 

まだ買っていない未来の顧客との関係づくり

第4回で、購入のあとにリピートからロイヤル化までが追加されたファネルの話をしました。「購入した顧客との関係を良好に保つことでリテンションに繋げるのがCRMである」と理解されることが多いですが、顧客はどうしても抜けていってしまうものなので、ブランドを長期的に成長させるという目的を考えると、まだ買っていない未来の顧客をいかに取り続けていくかが非常に重要になってきます。

例えば整腸剤カテゴリーのトップである「新ビオフェルミンS錠」は100年以上の歴史があり長年の愛用者も多いブランドですが、それでも1年間で購入した人のうちその前年に購入した人の割合は40~50%で、半分以上がトライアルです。「新規獲得した顧客がみんなロイヤル化して定着してくれれば売上は増える一方」というような妄想を持ちがちですが、リピートしてくれる人もそうでない人も必ずいて、後者の割合の方が多いので、入れ替わりは避けられないのが現実です。離脱を許容するかしないかという話ではなく、顧客は呼吸のように、常に出たり入ったりしているものと認識しておく必要があります。

実データ グラフィック

 

関係性は、短期の行動指標には表れにくい

受講生からの質問:
まだ買っていない未来の顧客との関係づくりが重要というお話でしたが、そうした人々は購入データもなく公式SNSとの繋がりもないので、直接的なレスポンスが取れないと思います。そのような場合のKPIは、どう設定するべきでしょうか?

「ブランドと顧客の関係」を分かりやすくするために、人間関係に置き換えてみます。例えば同窓会などで久しぶりに友人に再会したとき、ブランクはあっても会ってみれば元の関係のままと感じることがあると思います。何年も会っていないと関係値が減衰して0に近くなり改めて最初からやり直す、というようなことにはなりません。

実データ グラフィック

「何年も会っていないけれど、自分にとってとても大事」という人は存在すると思います。その人のために普段とくに何かしているわけではないので、行動指標でその人との人間関係を数値化することはできません(LINEの既読スルーや投稿に「いいね」がつかないことなど行動指標で人間関係をやきもきしても仕方ないのと同じです)。「ブランドと顧客の関係」においても同様で、KPIには短期の行動指標より長期の心理指標の方が向いています。第9回で、「ブランド連想は上がるのに数年かかる」という話をしました。特に未購入の人の場合は時間がかかりますが、定点調査で捉えていくべきと思います。

 

まだ買っていない顧客がブランド成長のヒントを持つ

もう一つ、前提として考えておかなければならないのは、ブランドが成長するためには必ず何かしらの変化が必要になるということです。先ほど述べたようにブランドは同じ人がそのまま買い続けるだけではないので、「今まで買っていなかった人が買う」という入れ替わりが起こらないと回らない構造になっています。

ブランドが変化しないとどういうことが起きるかを示すのが、真空管ラジオの事例です。1950年頃のアメリカで、居間の中心に置かれていたのは大型の真空管ラジオでした。テレビが一般家庭に普及する少し前で、真空管ラジオは音質の良さを売りに人気を博しました。そこへソニーが超小型トランジスタラジオで参入します。軽くて持ち運びできるけれども音質がそれほど良くなかったトランジスタラジオを、真空管ラジオのメーカーは軽視していました。自分たちの顧客に「いいラジオはどんなラジオか?」と聞くと、「音質の良いラジオがいいラジオだ」という答えが返ってきていたからです。

実データ グラフィック

しかし、トランジスタラジオは次第にシェアを伸ばしていきました。購入したのは、当時流行したロックンロールを聴きたい若者です。「不良が聴くもの」とされ家の中では流されないロックを外で聴くため、トランジスタラジオは若者に人気の商品になりました。私の世代には懐かしいですが、日本でもチェッカーズの『涙のリクエスト』という曲に「トランジスタのボリューム上げて」という歌詞が出てきます。

真空管ラジオは購入者には「いいラジオとは?」と聞いていましたが、非購入者にとっての「いいラジオ」を把握できていなかったことがシェアを奪われる原因になったと言われています。自ブランドを買っていない人に「なぜ買ってくれないのか?」と尋ねても、「興味がないから」としか返ってきません。なぜ今の自ブランドを買わないかではなく、そのカテゴリーの進化や成長を願う同志として、買っていない人と企業が同じ地平に立って考えていく構図が重要です。買っていない人は、“針のないホッチキス”や“消せるボールペン”など、具体的な商品が出てきて初めてニーズに気づくことがあります。商品化する前のテスト段階や構想だけでもいいので具体的な形として発表し、クラファンなどでコンセプトを問うことも、今後への期待感を醸成するうえでは有効になるでしょう。

今回は、本来のCRMを考えるときに見落とされがちな「まだ買っていない未来の顧客との関係づくり」についてお話ししました。次回は「デジタルを介さないCRM」の重要性について、お話しします。

(次回は8月28日公開予定です)

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