デジタル化がリノベーションを促進する
1970年に大阪で開催された日本万国博覧会では、初めて一般向けに携帯電話が展示・使用可能な状態で紹介され、会場内はネットワークで張り巡らされ今でいう「LAN」が構築されており、テレビ電話も設置されていた。85年、茨城で開催された科学博(通称:つくば博)は、「ニューメディアの展覧会」的博覧会として開催され、「ジャンボトロン」という20数メートル×40数メートル、2000インチサイズの屋外映像装置が登場。3D映像の放映も可能な装置だった。つくば博の前年84年には「キャプテンシステム」というインタラクティブな文字画像情報サービスが登場している(2002年サービス終了)。今、インターネットを中心に新しいメディアの登場が叫ばれているが、実際には、この40年間の間、様々なメディアが登場し、あるものは消え、あるものは形を変え、現在のメディア状況への礎(いしずえ)を作ってきている。
80年代半ばに多用された「ニューメディア」という言葉は従来型のマスメディアに対する対概念として使われ、当時から「新しいメディア」時代の到来は叫ばれていた。とりわけ「来るべきデジタル化」や「双方向性のある情報デバイス」が新しく登場するメディアに求められていた要素であった。ただ、アナログな環境、高価な機材、ネットワーク化されていない環境下ではそれらの「夢」は残念ながら実現ができなかったのだ。実際、僕らがネットの世界で目にしているメディア・コンセプトなんてものは、ほとんどが80年代~90年代頭までに先人たちが思いつき、チャレンジしてきたアイデアなのである。
ニコラス・ネグロポンテが90年代半ば『ビーイング・デジタル』で書いたように、アナログなもの=「アトム」なものと、デジタルなもの=「ビット」なものは扱い方が大きく変わる。デジタル化(=ビット化)されてなければ静止画・動画・テキストなど別々の「フォーマット」なものを一様にまとめることは不可能である。紙に書かれた文章と、紙に焼かれた写真と、磁気テープに収められた映像・音楽を同質な素材として編むなんてことは、芸術家達のコラージュ作品として表現される以外、一般化されるものではない。当初よりデジタルなデバイスであったコンピューターだけがこれら複数のフォーマットを一様に扱うことを実現しており、それ以前に登場した(レガシーな)マスメディアたちにとっては「デジタル化」の恩恵を受けることはまだまだ実現していない。日本経済新聞社が大規模に電子版を提供し始め、テレビが「デジタル化」するというこの2年は大きな変動ではあるが、まだまだ道の途中である。しかし、デジタル化こそが、従来型メディアの「リノベーション」を促進する可能性がある。
価値の異なるメディア間の潰し合いは起きない
メディアの進化発展には「イノベーション」と「リノベーション」の二つの側面があると考えている。インターネットが出てきて、爆発的に増える情報をまとめるヤフーや「整理する」というミッションをもって登場したグーグルは「イノベーション」の最大の事例で、新しい情報行動を誘発した。つまり、新しい情報行動を生み出した新しいメディアのもたらすものが「イノベーション」であり、古い、レガシーなメディアを再活性化することが「リノベーション」である。例えば新聞やテレビというものも、それぞれが登場した数十年~百数十年前には「ニューメディア」だったわけで、「イノベーション」のメディアであったことは間違いない。しかし、長きにわたって制度的疲労や消費者の情報行動変化が起きてくると、「イノベーションのジレンマ」に陥ってしまう。あるいは経済学用語で言えば「サンク・コスト」にしがみつき、分かっていても従来のやり方・設備を維持しようと努めてしまう。
考え方を変えよう。一般的に、ある新しいメディアの登場は別の古いメディアを駆逐するように思われている。しかしメディアの歴史を過去から見る限り、(レコードとCDのように)同じ価値を提供するもの同士であれば新しいメディアのほうが勝利することはあるものの、価値が違う場合、ないしは価値が「ズレ」る場合は、メディア間での潰し合いは起きないのである。分かりやすい例で言えば、テレビの登場はラジオを駆逐しなかった。ただ、テレビ登場以前のメディア同士の配置図とテレビが登場した以降のメディア同士の配置図が、戦乱の世の地図のように変化したということなのである(このメディア同士の地政図の変化を「再布置 re-configuration」という)。新しいメディアの登場は、従来のメディアに生き方の変化を促し、場合によっては新しいメディアの機能を古いメディアの中に吸収し「リノベーション」を促す存在なのだ。(次ページに続く)
「高広伯彦の“メディアと広告”概論」バックナンバー
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