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コラム

コピーライター養成講座 講師・卒業生が語る ある若手広告人の日常

運が悪くても死ぬだけだ。(2)

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ビビって設けた準備期間

仕事を辞めると決めてから、1年間の準備期間を設けました。すぐに辞めなかったのはビビりだったからです。なんか前の章と勢いが違いますね。まぁコピーライターには臨機応変さも必要ですよ。

1年間で行ったことは次の2つ。

(1)お金を貯める。
(2)コピーライターの通信講座を受講し、基礎的な勉強をはじめる。

特に(1)の貯金は我ながらよくがんばった記憶があります。この1年でもやしを一生分食べた気がします。(2)に関してはコピーの技術を学ぶというよりも自分がこの仕事に適正がありそうなのかなんとなく確かめてみる、という意図が強かったです。いざ講座に通いだしたらコピーライターという仕事は自分の想像とまったく違った、となったらそれはマズいなと……。

あと、心の片隅に自分は “ コピーライター ” を現状から逃げ出すための言い訳に使っているんじゃないかという葛藤がありました。もしそうだとしたらコピーライターになんてなれるはずがないし、今の仕事に対してもすごく失礼な態度です。だから1年間はそこの整合性を確かめる為の時間でもありました。うわ、なんか真面目じゃないかこれ。

そしてあっという間に1年が過ぎ、諸々のことを消化した上で、コピーライターになる!という決意が揺るがなかったため辞表を提出。

そうそう、なんだか神戸にいた時が暗黒時代みたいになっていますが、当時の職場の同期、先輩、上司、営業先の人、皆さんいい人ばかりでした。東京から来て右も左もわからない自分によくしてくださって……今思い出しても涙が出そうです。うわ、なんか湿っぽくなっちゃった。

こうして2011年の10月、1人の無職ができあがりました。ちなみにこの時は住む家も決まっていなかったので住所不定無職。

二度とスーツを着る職業には就かない!と固く心に近い、持っていたスーツは大切なもの以外全部捨てました。

神戸から東京に向かう高速バスの中は不安で一睡もできませんでした。

次回が最後です。もう少しだけお付き合いください。講座に通っていたときのことを書きます。

ちなみにその後適当なスーツがないと面接にも行けないことに気がつき、新しいスーツを買いました。

シモカワヨウヘイさん
シモカワヨウヘイ
日本デザインセンター コピーライター。東京生まれ東京育ち悪そうな人はだいたい怖い。明治大学法学部法律学科出身。第23回京都広告賞 グランプリ、第50回宣伝会議賞 協賛企業賞、第25回BtoB広告テクノコピー賞 銅賞、など受賞。宣伝会議コピーライター養成講座2011年秋基礎コース、2013年春専門コース(谷山・井村・吉岡・照井クラス)修了。

『コピーライター養成講座』
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いまでも多くの有名クリエイターを輩出している本講座。コピーやCMといった、広告クリエイティブだけでなく、インタラクティブ領域のコミュニケーション、マーケティングやメディアクリエイティブなど、さまざまな視点からコミュニケーションを構築する能力を養い、次世代のクリエイターを育てます。