コラム

ビデオコミュニケーションの21世紀〜テレビとネットは交錯せよ!〜

広告業界は「特別な場所」だという幻想を、そろそろ捨てる時だと思う

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広告業界だけの話ではない

特別な世界。そうですね、私もそう思ってました。そう信じてました。そもそも大学を出るときに、歯車になりたくないとかピュアに考えて、普通じゃない世界に行きたい、特別な世界に行きたい。大きく言えば“マスコミ”というのが、そうらしいと思い込んで、なんとかこの「業界」という普通じゃない場所に潜り込んだつもりになっていました。

普通じゃない特別な世界で「好きなことで生きていく」。業界人は要するに、今のYouTuberみたいに夢見てた。だから徹夜とかしたっていいじゃないか、現場は金じゃないよ、とか馬鹿みたく信じ込んでいた。

10時以降残業禁止、と言われて、何を言うか、業界は特別な世界なのに、と反発している人も多いみたいですけど、でもそんな根拠のない“信仰”はもうやめましょう。業界は特別な場所だから徹夜も厭わずいいもの作るのに心血注ぐんだ、時間の制限とか言ってられるか。そんなこと言っているのは多分、日本の業界だけなんですよ。

業界は特別な場所だ!と神聖視しつつ、でも意外に言っている人はそれなりの立場が守られている大手企業のサラリーマンで、しわ寄せが寄せ集まるのは零細な制作会社の若い人たちなんですよ。日本のクリエイティブとやらは、若い人たちのエキスを吸って、吸うだけ吸って、吸い尽くして、彼らの干からびちゃった身体を使い捨ててここまでやってきたんです。昔はそれを我慢して頑張っていると、いつの間にか立場も収入も上がった。でも今はもはや報われない。干からびて使い捨てられるだけです。

もう限界なんです。バブルがくすぶってた90年代までかろうじて成立した無理やりが、もう通用しなくなっている。制作現場はもはや崩壊寸前です。このままじゃ、広告制作だけでなく、テレビ番組や映画、アニメなどすべての分野でコンテンツ制作が成立しなくなってしまう。

誤解を恐れずに言えば、これまでの業界はメディアの価値を異常に高めて守ってやってきたんです。そこを変えないといけない。いやメディアの価値が高いのはいいことですけど、コンテンツの価値を高めることでメディアの価値を高める、そういう哲学になってなかった。メディアの価値を高めるために、コンテンツを安く使っていただけなんです。テレビ局や大手代理店の給料が高くて制作会社の給料が安いのは、その現れです。逆だっていいはずなのに、なぜか制作会社は「おれたちプロダクションですからね」と最初から決めつけちゃっている。大事なことを決めるのはテレビ局や代理店の人たちだと思い込んじゃってる。テレビ局や広告代理店の中でも、制作の人たちは一時期ちやほやされても、結局はあまり偉くならない。そりゃあそうですよ、だって業界構造が、コンテンツよりメディアを重視しているのだから。

去年、これまでのパラダイムが終わったとしたら、「メディア>コンテンツ」の構図も終わったのだと思うのです。「コンテンツ>メディア」になったはずです。業界中の会社が労働基準局にビクビクしながら残業を制限し、足りない人手をどんどん補っているのは、大きくいうとコンテンツが主の時代になったんだと思います。関係ないようで、密に関係していることだと思う。

「コンテンツ>メディア」という把握は少し違うかもしれません。「コンテンツ=メディア」なのかも。対等になったという意味ではなく、コンテンツそのものがメディアになった。だからコンテンツそのものの価値がぐんと高まる、ということですが。それは裏を返すと、メディアだけでは価値を持てなくなってきた、ということでもある。

時代は結局、変わるべき方向に向かっていく。十数年かけての方向転換の「転換点」が、今なのだと思います。

境 治(コピーライター/メディアコンサルタント)

1962年福岡市生まれ。1987年東京大学卒業後、広告会社I&S(現I&SBBDO)に入社しコピーライターに。その後、フリーランスとして活動したあとロボット、ビデオプロモーションに勤務。2013年から再びフリーランスに。有料WEBマガジン「テレビとネットの横断業界誌 Media Borer 」を発刊し、テレビとネットの最新情報を配信している。著書「拡張するテレビ ― 広告と動画とコンテンツビジネスの未来―」。株式会社エム・データ顧問研究員としても活動中。お問合せや最新情報などはこちら

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