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『メディアを動かす広報術』(松林薫) — はじめに

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「宣伝会議のこの本、どんな本?」では、弊社が刊行した書籍の、内容と性格を感じていただけるよう、「はじめに」と、本のテーマを掘り下げるような解説を掲載していきます。言うなれば、本の中身の見通しと、その本の位置づけをわかりやすくするための試みです。

はじめに

メディアを動かす広報術
定価:1,980円(税込み)
ISBN: 978-4-88335-523-5

企業や役所などの広報業務は、記者とのつきあいなしでは成り立たない。

オウンドメディアやSNSなど、情報を直接発信できるツールが増えたことは事実だ。しかし、大手メディアの影響力は今も無視できない。ネットで「バズった(もしくは炎上した)」事例を見ても、規模が大きかったものはSNS単独で情報が拡散されているわけではない。ネットで話題になっていること自体をマスコミが「ニュース」として取り上げ、報道とクチコミの相乗効果によって爆発的な拡散が引き起こされているのが実態だ。

一方、記者の日常業務も、企業などの広報がいなければ成り立たない。ニュースの「ネタ元」のかなりの部分は、記者クラブに投げ込まれるプレスリリースだ。幹部などから話を聞く際も、夜討ち朝駆けなどのオフレコ取材を除けば広報にセッティングしてもらうことが多い。こうした広報への依存度の高さは「発表ジャーナリズム」として批判されるほどだ。

新聞記者だった筆者の経験から言っても、日本における記者と広報は、お互いが最も重要なビジネスパートナーだ。そして、企業などが組織のガバナンス(統治)を強化し、リスク管理の体制を整える中で、取材対応を広報経由に一本化する流れは年々強まってきた。記者の突撃取材に対する典型的な逃げ口上が「広報を通してください」であることは、それを象徴している。

しかし、こうした記者と広報の関係には変化の兆しもある。背景にあるのは、新聞やテレビといったオールドメディアの経営難だ。

顧客離れと広告のネットシフトが続く中、報道各社はこれまで聖域とされてきた記者や取材費の削減に手を付け始めた。日本の大手メディアが誇ってきた、世界に例を見ない規模の取材網は崩壊しつつあるのだ。これは広報の側からすれば、記者クラブにリリースを投げ込みさえすれば、報道機関が競うように報じてくれた時代の終わりが近づいていることを意味する。

一方、現場の人手不足を背景に、報道機関は業務の「選択と集中」を進めつつある。リリースの記事化などルーティンワークは通信社に任せ、より付加価値が高い「調査報道」に力を入れ始めたのだ。筆者の古巣である日本経済新聞も、調査報道の専門チームを立ち上げたり、データ分析の専門知識を持つ人材を採用したりして、体制の強化を進めている。

調査報道とは、役所や企業などの組織に頼らず、埋もれている情報を自ら掘り起こす取材手法を意味する。「広報に頼らない報道」と言いかえてもいいだろう。こうした取材スタイルが広がると、広報は記者の動きを把握しづらくなる。

問い合わせがあるのは、内部告発やデータ分析によって外堀を埋められ、原稿がほぼ完成してから。仕上げである「当事者の釈明コメント」をもらう窓口として利用するだけ、といった形になるかもしれない。

これらの変化が意味することは明白だ。今後、広報の仕事は現在の「マーケティング寄り」から、「リスク管理寄り」にシフトしていくだろう。

そのリスク管理についても、中身は変わらざるを得ない。従来、広報はネガティブ報道を抑えるのに、記者との人間関係を利用してきた。しかし記者の広報依存が薄れれば、そうした手法は通用しにくくなる。不祥事を不意打ちで報じられる事態に備え、即応体制の整備や、記者会見に臨む経営陣への適切なアドバイスなどが求められるようになるだろう。

こうした変革期に、広報はどう適応していけばいいのか。筆者は、「記者の行動原理」を理解することが、その第一歩になると考えている。報道をめぐる環境が大きく変わったとしても、記者のニュース価値の判断基準や問題意識といった基本については揺るがないと思うからだ。

実際、1915(大正4)年に出版された杉村楚人冠(日本の近代的新聞の基礎を築いた朝日新聞の記者)の著書『最近新聞紙学』を読むと、記者の行動原理が100年前からほとんど変わっていないことに驚かされる。変化の激しい時代だからこそ、普遍的な部分を改めて確認した上で戦略や戦術を練り直す必要があるのではないだろうか。

本書はまさに、そうした観点から執筆した。具体的には、広報の専門誌である『広報会議』に連載中の「記者の行動原理を読む広報術」をベースに、新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)など最近の大きな変化を踏まえて加筆修正している。

また、「ポジティブ情報をどうすれば記者に取り上げてもらえるか」といったノウハウについても、記者側の視点から具体的に解説した。これから調査報道時代を迎えるからといって、すぐに「マーケティング寄り」の業務がなくなるわけではないからだ。広報スキルを高めるための練習方法などについても取り上げ、新任の広報から、後進の指導にあたるベテランまで役立つ内容にしたつもりだ。

市民の「知る権利」が守られるためには、記者と広報がお互いの立場を理解・尊重し合い、適度な距離感と緊張感を保ってコミュニケーションすることが不可欠だ。本書がその一助になれば幸いである。

目次

第1章 広報仕事術「超基本」
・新任広報に報道対応の基本を伝授 広報の特殊性を理解するには記者の視点でロールプレイング
・「旬のネタ」とは何か? ニュースの価値はタイミングで決まると心得よ!
・記者が反応するキーワードを盛り込む! リリースの極意は2種類つくること!
・「まとめモノ」で露出を狙うコツ
・記者のネタ集めの方法は? ”暇ネタ”を売り込むコツは「情報のハブ」を見定めること!
・ネットでの情報収集、ネットは「事例探し」の道具 メディアを意識した発信を!
 

第2章 売り込みをするには相手を知れ!
・スクープ競争の仕組みを理解せよ! 「抜いた」「抜かれた」が記者を動かす!
・ネタはいつ売り込めばいいのか? 採否も扱いの大きさもタイミング次第!
・掲載面を意識した発信、「面」ごとの性格に合わせてエピソードを掘り起こせ!
・会話が弾むネタとは? 記者とのコミュニケーションは「人事情報」が武器になる!
・記者クラブを取材する! 情報が武器になるのは記者も広報も同じ!
・記者クラブの実態を知る! 独自ルールと力学を理解し記者とのトラブルを防ぐ!
・記者のコメント取り事情とは? 専門家の露出を増やすには記者への情報共有が必須!
・各社の経済部記者を分析、読売は体育会系、朝日は合理主義?
・面から新聞社の価値観を読み解く! 掲載面や見出しを分析して新聞各社のスタンスを知る
・新聞記者とテレビ記者の違い 民放のネタ元は新聞!? スクープよりも画でアピールしよう!
・記者懇親会や勉強会は企画系記者にアピールする場
・記者へのおもてなしは不要、過度な気遣いはリスクに
 

第3章 企業価値を高める広報対応術
・不祥事報道の流れをつかむ! おくれまいと記者も必死! 冷静で誠実な対応を心がけよ!
・報道を抑えるための情報発信とは?
・会見はいつ、どこで開く? 緊急記者会見は「公平さ」を意識して!
・「炎上」の後に信頼回復する方法とは? 記者が求める「成功物語」は困難な部分も含めたストーリー
・謝罪会見で記者が求めていること 不祥事発生時の記者会見で質疑応答のループを避けるには?
・誤報や批判記事へのクレームの入れ方 記事への訂正・修正依頼は「顧客に対する責任」を提示して交渉を!
・記者は第三者委員会報告書をどう読むか? 不祥事後の調査報告会見は新事実を出すことで前向きな報道に!
・問題のある記者にどう対処するか? 広報から発言の真意を伝え記者のゆがんだ解釈を防ぐ!
・会見の生中継で変わる記者の行動
・マスコミの逆鱗に触れる「事前チェック」
・記者と広報、「越えてはいけない一線」とは? 記者がリリース代筆で退職処分、市民の信用を失う行動はタブー
・記者から「最終確認」の電話がきたときは?
 

第4章 不確実性の時代、これからの広報の行方
・記者にも広がる「働き方改革」の余波 増える調査報道に広報はどう対応する?
・大災害時、経済記者が優先するのは ”市民への影響”の大きい話題
・これからの広報対応はどうなる? 2大キーワードは外国人記者対応とメディア変革
・不況期の広報戦略 景気の落ち込みが加速する日本で、問われるダメージコントロール
・世界規模の感染症発生時に経済記者が企業に求める情報は? SARSやMERSなど数年単位で流行が繰り返されてきた感染症
・五輪延期後の広報活動、連日の報道がコロナ一色に! 広報は社会変化に結びつけて
・既存の取材方法を問い直す契機に コロナ禍が加速する記者の世代交代と意識変化
・訪れる新しい時代 一過性ではないSDGsの価値観、時代の変化をつぶさに読み取ろう!
・今後さらに変化際立つ ネットに接近する「テレビ」、調査報道にシフトしていく「新聞」
・新型コロナで変わる記者の取材方法 リモート取材は「新常態」に、地方・都市間の格差是正にも貢献
・「広報向き」の記者とは? 出身部署で異なる記者の特徴、タイプを整理し、最適な人材を選ぼう!
・独自ネタへの価値高まる! コロナ下で二極化進む記者の仕事、対応する広報担当者にも影響が!
・改めて頭に入れておきたい! 忙しい記者に書いてもらうプレスリリースの極意とは?
・記事を売り込むベストシーズンは? ネタ枯れの休暇シーズンを狙うが定説、重要イベントにも配慮を!

著者

松林薫(まつばやし・かおる)
ジャーナリスト/社会情報大学院大学 客員教授/株式会社報道イノベーション研究所代表

1973年 広島市生まれ。京都大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修了。1999年 日本経済新聞社入社。経済解説部、経済部、大阪経済部、経済金融部で経済学、金融・証券、社会保障、エネルギーなどを担当。「経済教室」「やさしい経済学」の編集者も務める。2014年 退社し、報道イノベーション研究所を設立。著書に『新聞の正しい読み方』(NTT出版)『「ポスト真実」時代のネットニュースの読み方』(晶文社)『迷わず書ける記者式文章術』(慶應義塾大学出版界)などがある。