コラム

コピーライター養成講座 講師・卒業生が語る ある若手広告人の日常

コピーライター養成講座で、僕が舌を打ち続けていたワケ

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【前回のコラム】「コピーライターの領域が変化しても、正面から言葉と向き合っていきたい」はこちら

宣伝会議コピーライター養成講座 基礎コース(大阪教室)100期修了生で、第56回「宣伝会議賞」協賛企業賞を受賞した駆け出しコピーライターの黒坂謙太さんにとって、「コピーライター養成講座」とはどのような場所だったのか。

なんとなく、社会人2年目になったら通おうと思っていた

僕は2018年の春から半年間、コピーライター養成講座の基礎コースに通っていた。まだ平成の時代、社会人2年目になったばかりの頃の話だ。

通い始めた動機として、とりたてて言うべきことはない。強いて言えば、「宣伝会議賞」の学生チーム対抗企画に参加したことだろうか。その頃からなんとなく、「社会人1年目はお金を貯めて、2年目からコピーライター養成講座に通おう」と考えていたのだ。「コピーライターとして働くきっかけや、仕事でプレゼンなんかをするときに役立つスキルを得られたら」と。

先生も受講生も、講座にはいろいろな人がいた

そんな風に「とりあえず行ってみよう」と思いつつ、多少の打算と期待を持って通い始めた講座は、ほぼ期待(というかHPとかに書いている内容)通りだった。広告界の第一線で活躍されている方々が、ご自身の事例を紹介しつつ(紹介しない先生もいるけど)、コピーライティングの基礎である「What to say」の探し方や、企画のつくり方を教えてくれる。

ただ、先生によって話し方やキャラクターは当然違うので、伝える内容は大体同じでも「今日の授業はすごく分かりやすかったな」と思うときもあれば、「(自分にとっては)かゆいところに手が届かない内容の日だったな」と思うときもある。

受講生も、さまざまな世代や感性を持った人ばかりだ。先生から出される課題に対して、感性が鋭いのか鈍いのか、とにかく僕には理解できないコピーを考えてくる人もいれば、毎回のように先生から「目のつけどころがよい」「切り口が面白い」と褒められる人もいる。そして、その中に難波くんがいた。以前ここで記事を書いていた難波くんのことである。彼とは当時、同期生という以外の接点はほとんどなく、互いに話すこともなかったのだが、僕には思い出が2つだけある。

ひとつ目は、初めて難波くんと話したときのことだ。彼が課題で獲得した金の鉛筆※を受け取るために教室の前方に歩いていくのを見ていると、ポロシャツの襟でなにかが光るのが見えた。それは服のサイズを示すタグシールだった。おろしたての服だったのだろう、MだかLだかと書かれたタグシールが、難波くんのポロシャツに付いていた。だから僕は鉛筆をもらって帰ってきた彼に「襟にシールが付いているので取ってあげましょう」と言った。「すみません」と言いながら、大柄な体を少し丸めた難波くんは変な意味でなく、かわいらしかった記憶がある。
※ 編集部注:「金の鉛筆」とは、コピーライター養成講座の講義中の課題で上位10名にだけ授与される、講師から認められた証です。毎年、受講生同士で獲得本数を競い合う方もいます。

2つ目は難波くんが知る由もない、僕が一方的に思い出と考えているものだ。彼は卒業課題で1位を獲得し、僕は選外だった。僕はそのことに腹を立てていた。難波くんにではなく、自分自身に。タグシールをつけたまま授業に来ていた彼にずいぶん距離を離されたものだと、心の中で舌打ちをしていた。

舌を打ちながら負け続けた半年間の話

心の中での舌打ちはそのときに始まったことではない。講座を受けていた半年は、舌打ちの半年だったとも言える。自分のセンスのなさや、他の受講生の優秀さや、先生がたの分かるような分からないような評価基準に舌打ちしっぱなしだった。

僕はまじめに講座に取り組んでいたほうだと思う。真剣に聞くし、質問もするし、課題へのコピーもなるべくたくさん提出していた。ときには金の鉛筆 ももらった。鉛筆をもらう人は、講座が進むにつれて絞られていく。僕はその中で、鉛筆をもらうんだかもらわないんだか、よく分からない人だった。それは他の受講生からすれば「中途半端なヤツだなあ」という感じだったろうし、僕自身はもどかしくて仕方がなかった。

勝手にライバル視している人がいる。その人は鉛筆をもらっている。僕はもらえない。たまにそのライバルがもらえないときがある。「今日はアイツをだしぬける」。そういうときは、僕ももらえない。心の中でなかったら、舌打ちで舌が擦り切れていただろう。そして、そのライバル視している人に限ってすごく「良いヤツ」で、話していると彼/彼女の実力を憎んでいる自分をずいぶん狭量に感じたりするのが、また舌打ちなのである。

結局、僕は鉛筆をもらうことはあっても、クラストップの「1」と書かれた鉛筆をもらうことはなかった。プロの世界のコンペなら2位以下は等しく負けだということを考えると、講座を受けていた半年間は、ただただ残念な結果だったと振り返ることになる。

協賛企業賞が残してくれたもの

だから、その年の「宣伝会議賞」で協賛企業賞を受賞できたのは、本当に運が良かった。応募当時は、講座で学んだノウハウを使いながら、とにかくなるべく多くの本数を送りたいと思っていた。自分は打率が低いということを、講座で体感していたからだ。だから「『てにをは』を変えただけのコピーを送るな」という鉄則だけ守って、あとはなりふり構わずという感じで応募していった。なにかの賞を獲りたい気持ちはもちろんあったけれど、それよりまずは一次審査通過作品をどれだけ多く残せるか。そこが現実的な目標だと思っていた。

そうして1000本以上送ったうちの1本が、受賞に至る。並み居る常連さんたちに打ち勝って、よく残ってくれたと思う。たしかに、受賞の報せをメールで見たときには部屋で小躍りしたけれど、受賞の実感が強まるほどに、心は殊勝になっていった。今振り返っても、自分のことながらどこか他人事のように、作品に対して「ありがとう」と思う。よく最後まで残ってくれたね、と。

ここまで書いておいて、シンデレラストーリーのような展開に見えるけれど、これは別に講座受講生の成功サンプルではないと思う。「コピーライターを目指す人や興味がある人は、ぜひ受講すべき!」と言いたいわけでもない。僕自身、講座を受けていなかったら案外、型にはまらないコピーをつくれて、もっと良い賞を獲れていたかもしれないと想像することもある。今回たまたま、講座で学んだ方法論がコピーに生かされ、受講料の元を取らねばという思いがモチベーションにつながり、それらが運を手繰り寄せてくれただけにすぎない。

そして僕はコピーライターになった。幸か不幸か、受賞を待たずして決まった職場だ。今は新米ながらコピーライターとしての名刺を持ち、やはり舌打ちの日々を送っている。コピーは難しい。それでも、日本で一番大きな公募で自分の作品で賞を獲れたという事実は、折に触れて僕を勇気づけ、奮い立たせてくれている。

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黒坂謙太

愛媛県出身1994年生。ウィルコミュニケーションデザイン研究所に所属。大阪大学外国語学部スウェーデン語専攻を卒業ののち、転職を経て現職。コピーライター養成講座 基礎コース 大阪教室 第100期(2018年春クラス)修了生。代表作なし。他に書くこともなし。受賞歴:第4回IBS茨城放送ラジオCMグランプリ「スポンサー賞(マルヒ)」、第56回 宣伝会議賞「協賛企業賞(明治座)」

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