クルマの購入者が集まって遊べる“遊び場”を提供する~トヨタ86
木村:僕はCMのフレームじゃなくて、キャンペーンのフレームとして長持ちする事例を持ってきました。「トヨタ86」です。これは日本にスポーツカーカルチャーをもう一度打ち立てたいという、豊田章男社長の強い意志で始まったものです。クルマの広告でよくあるパターンって、買う前にカッコいいイメージを広告でつくるんだけど、2年目から予算がつかなくなって、3年目には車自体もあまり見なくなって、そのうち中古がたくさん出てくる…というものですよね。
小西:それをどのように変えたんですか?
木村:買った後に、買った人の“遊べる遊び場”と、”楽しんでいる豊かな大人”が日本には少ないのではないかと思って、そこに焦点を絞りました。世の中で話題にするといった視点は一度置いておいて、スポーツカー好きをピンポイントで狙っています。最初に行ったのが、ファンのための遊び場の整理です。例えば、走って楽しい峠道を毎年ファンの選挙で86箇所選んで、その峠を毎週BS番組で紹介するということをやってきました。さらに、スポーツカーの楽しみ方を学ぶ学校をつくったり、ファン同士がクルマ談義に花を咲かせられるように峠にカフェをつくったり、毎年ファン投票で1位に選ばれた峠道を貸し切って86台限定のイベントをするとか。こうやって、コアファンを作って彼らが自走するコミュニティプラットフォームを育てていく。それを集約する場が「86ソサイエティ」というウェブサイトです。マス広告よりも、そうした遊び場の構築に予算を使っています。
福里:そのイベントに集まって、皆さん何をやるんですか?
木村:運転技術を学んだり、プロのレーサーに同乗したり、バーベキューのレッスンをしたり、僕らが何カ月もかけて企画した様々なカリキュラムで丸一日中思い切り楽しんでもらいます。そして、オープニングと最後にみんなでパレード走行するんです。こうした86を本当に楽しんでいるコアファンたちの姿があこがれになって、SNSで広がったり、地元でオフ会が行われたりして、じわじわ広がってきた感じですね。
小西:パフォーマンスが上手くいっていることはすごいと思います。走り屋マンガの『頭文字D』的なカルチャーが「トヨタ86」にはくっついていて、それを皆が楽しめる“大人の遊び”に変換する、というのはなかなかできないことだと思うから。
福里:こういうことをずっとやり続けることで、トヨタという会社の見え方自体も変わってきますよね。
「第3のエコカー」という提案~ダイハツの企業CM
福里:クルマでいうと、僕はダイハツのCMを3年前くらいにやりました。ミライースという軽自動車を発売するタイミングで企業CMを作りたいということで、まずこの車をハイブリッド並みの低燃費を軽の低価格で実現したエコカーだということで、石川英嗣さんというコピーライターが「第3のエコカー」と名づけたんですね。
木村:第3のエコカー。面白いですね。
福里:実は、「エコカーに買い替えたい」と思っている人は増えていたのですが、意外とエコカーは高くて、なかなか買えないという現実があったんです。ダイハツは軽自動車をとことん低燃費にすることで、エコカーを低価格で提供したいと。「エコカーをみんなのものにしたい」というオリエンテーションを受けて、それ自体がすごく分かりやすいと思いました。そこでそれをそのままストーリー化するのが一番いいのではないかと。例えば、新しい街で新しい生活をはじめる青年がいて、都会ではカッコいいアメ車に乗っていたけど、生き方を変えるためにエコカーに買い替えようとしている。でも、エコカーは結構高いと。そこに「第3のエコカー」の誕生を告げるニュースが聞こえてきて、「そうか、軽自動車という選択肢があるのか」と思う。
小西:購入シーンをイメージしやすいですね。
福里:これも背景には震災の後ということがあって、車が津波で流されて、いっぱい積みあがっているときに“カッコいい外車”とか、“ステータスで自己表現”とか、そんな雰囲気じゃないなと。だから、低燃費でちゃんと走って低価格な「第3のエコカー」が受け入れられる土壌があったのだと思います。
木村:一見すると「TOYOTOWN」と比べると派手じゃないというか、「贅沢微糖」と同じでフレーム自体がすごく地味ですよね。この設定はどういう風に?
福里:軽自動車を選ぶということを、もちろん卑下するわけでも、ことさらにすばらしいと言いたてるわけでもなく、リアルにごく自然なものとして描こうと思いました。そのことを通して、その選択が“良き選択”に見えてくるのではないか、と。背景にはやはり、震災による価値観の変化というのは大きかったですね。
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