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コラム

マーケティングを“別名保存”する

「リーンブランディング」が広告キャンペーン設計を変える

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いきなり私ごとで恐縮ですが、祖母が印刷会社を営んでいたため、子どもの頃の遊び場は印刷工場でした。大学を卒業して一番初めに就いた仕事はテレビのカメラマンで、アルバイト時代も含めると5年くらいその仕事をしていました。そして、ヤフーという会社では、Webシステム開発のプロジェクトマネージメントを一番長くやっていました。

そのような雑多な経歴から、Webサイトはじめデジタルコンテンツの制作というのは、印刷物制作と映像制作とシステム開発の3人の親を持つことを理解しています。映像制作とシステム開発の子どもとして生まれ、その後「妻」映像制作がふらっと家を出ていってしまったため、実際は「内縁の妻」である印刷物制作と「父」システム開発の手で育てられた。そんな感じです。

広告会社は、これまで映像制作か印刷物制作畑の人がマジョリティーだったため、この最後のシステム開発視点が希薄なことが多いのは無理からぬことです。ゆえに広告制作の現場ではほとんど見向きもされないのですが、Web制作の「父」であるシステム開発の手法は、ここ数年で大きく変遷をとげています。ウォーターフォールという従来の手法に代わり、アジャイルという開発手法が主流になってきました。

ごく簡単に説明すると、ウォーターフォールとは、要件、仕様、開発、テストと段階をおって全体を一気につくる手法で、アジャイルとは最初の2週間で一番重要な一部をつくり、次の2週間でその次に重要な一部をつくる、ということを繰り返す手法です。

手紙を書くこと100通。封筒に詰めること100通。切手を貼ること100通。ポストに投函すること100通。これがウォーターフォール。まずは最重要の10通について、手紙を書いて、封筒につめて、切手を貼って、ポストに投函。次にまた10通。また10通。また10通。これがアジャイル。といえばわかりやすいでしょうか。

アジャイルの利点は大きく2つで、まずは状況の変化に対応しやすいことです。上の例で、例えば手紙の内容を変更する必要が生じたとき、ウォーターフォールで100通全てセットしてしまっていたら、全部最初からやり直しです。10通ずつセットするパターンでは、ダメージを最小限に抑えられます。またもう一つは、最初のグループの結果を見て、その分析結果を次の作業に活かせることです。最初の10通で紙が封筒に詰めづらいことがわかったら、次の10通からは別の紙を用意することができます。

このアジャイル開発の考え方は、デジタル時代の広告・ブランディングキャンペーンにも応用されるべきです。はじめからカスタマージャーニーをつくり、キャンペーン全体を設計してしまうのではなく(実はこれは典型的なウォーターフォール的発想です)、例えば「まずは認知」まででキャンペーンを設計・実行してみる。あるいは、本当にメインのメインとなる小さなターゲットクラスターだけにキャンペーンを展開してみる。あるいはアイデア・企画を一つひとつ実験的に展開してみる。要はキャンペーンのバッチを小さくして、細切れで展開し、軌道修正していくのです。

細切れといっても、最初に大きなケーキをつくってそれを分断するのではなく、はじめから一口サイズのケーキをいくつもつくっていく、という計画を立てます。この考え方は「リーンスタートアップ」という新規事業開発手法とも通じています。とにかく未完成のものでも小さいバッチで製品を出してしまい(ネットサービスでいうアルファ版というやつです)、市場のフィードバックを受け、顧客と対話しながらそれをつくり上げていく、という考え方。シリコンバレーのベンチャー企業の多くが、この考え方を取り入れています。

アジャイルというと、確立された具体的な開発メソッドのことを示す場合が多いので、これまで議論してきた、バッチの小さな広告キャンペーン展開を、ここではリーン(スリムでフィットな)ブランディングと名付けましょう。具体的なメソッドではなく「考え方」に近いものなので。ブランディング、としているのは、販売促進はそもそもが小さなバッチで、穴埋め的にアドホックに行われることが多いためです。

広告の領域でこのリーンブランディングをより有効にするのが、ソーシャルリスニングです。リーンブランディングでは、小さいバッチでキャンペーンを展開し、その反応を見るわけですが、指標が売上などで直接測れない認知や好意度のようなものでも、ソーシャルメディア上の反応や検索件数などでそれを推計できます。

例えば認知などのブランド指標と高い相関を持つ、ソーシャルリスニング上の指標を見つけることが可能です(特定のワードの言及数など)。そんな指標をもとに、市場の反応とにらめっこしながら、顧客と対話しながら、キャンペーンを展開していくのです。

Audi Q2のキャンペーンでは、このリーンブランディングの考え方を取り入れています。このキャンペーンでは、3つの競合関係にある広告会社の企画が一つのサイトに同居しているのですが、それぞれ未完成のまま、あるいは大きなコンセプトの紹介みでアルファリリースし、反応を見ながら企画内容を調整しています。始まったばかりですが、想像以上の成果をあげています。まとまった結果がでたら、それをベースに一つのメソッドを開発し、この場で共有したいと思います。

アジャイル開発もリーンスタートアップも、もともとは実は日本人の考え方をヒントに、アメリカで開発され発展してきたものです。アジャイル開発の提唱者は日本人の研究者ですし、リーンスタートアップはトヨタのカンバン方式に範をとったビジネス思想です。リーンブランディングは、日本人マーケターがリードして発展させていくべきだと筆者が考えるゆえんです。

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