コラム

高広伯彦の“メディアと広告”概論

B to Cのマーケティングは、B into Cのマーケティングへ

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最先端のマーケティング思考、ヒントは過去にあり

この動画の再生回数はもともとのユーザー動画を超え、そして絶賛のコメントが寄せられている。一方的に謝罪するのも、一方的にユーザー動画の削除依頼をするのもどちらも「マス的発想」なのであり、情報コントロールを自分たちの手のもとに置きたいという考え方、遠くから火を消したいという態度にすぎない。それに対してEAスポーツが取った方法は、自らが消費者集団の中に入って(into)いき、対話的(dialogue)な行動をとり、よりユーザー支持を集めたというあっぱれなものだった。

EAスポーツの場合はアクシデントの事例である。しかし、「B into C」という姿勢はプロアクティブ(proactive:積極的な・先回りした)なマーケティング態度として重要だと考えている。そしてそれは日本における先人たちのプロモーション活動から学ぶことができる。

1945年(昭和20年、終戦の年!)に愛知県で生み出された『オリエンタル即席カレー』は、発売当初からその手軽さが受けて主婦に絶大な人気を誇ったらしい。そこで全国に広めるために行ったプロモーションが、4トントラックを改造した「宣伝カー」を使って住宅地など各地を回ることであった。車体後部は舞台状になっており、そこで芸人に扮した社員たちが人を集め、そこで試食を行い、販売まで行ったという(同社ホームページに当時の宣伝カーの写真が掲載されている)。

また、コックさんをキャラクター化したスプーンも配布しており、人気プレゼントとして多数家庭に持ち帰られていた。つまり、企業自ら消費者のいるところに出向き、そしてプレゼントは家庭内に入り込み、それが使われるたびにブランドの再想起(リマインド)を行う、という非常に考えられたマーケティングだったのだ。

1966年(昭和41年)にオープンした「常磐ハワイアンセンター(現・スパリゾートハワイアンズ)」のプロモーション活動は、2006年に映画にもなった『フラガール』そのものだった(マーケターやプランナーならあの映画をプロモーションのケーススタディとして見るべし)。

廃鉱になった福島県いわき市の炭鉱跡地を使って計画された、「夢の島ハワイ」をモチーフとして作られた温泉施設。その中の売りの一つが「フラダンス」だったわけだが、日本の海外旅行自由化がまさにこの年1966年(1人年間1回限りなどの制限がそれまではあった)に始まったばかりであり、誰も見たことも聞いたこともないものだった。映画『フラガール』に出てくる人々の過剰なまでの反応はこうした背景による。だからこそ、「フラガール」たちは観光バスに載せられて、各地を回って自ら「実演」し、プロモーション活動を行う必要があったのである。

さて、「B with C」にしても「B into C」にしても、新しい言葉というのは時代の最先端のマーケティング思考として簡単に受け入れられてしまう雰囲気がある。ツイッターや業界ニュースを見ていても新しい言葉が踊りやすい。しかし真実は、リモートで情報を送り込むことがまだまだ普及していない時代(=マスメディアが発展途上な時代)に先人たちがやっていた手法を再発見し、テクノロジーによって消費者とつながりやすくなった時代に、「マーケティング態度」として再度生かすことにあるのだろう。

僕らの目の前にあるメディア・テクノロジーは新しいかもしれない。でもそこで行うことが常に新しくある必要はなく、反省と過去からの学びによって得るものが多いのだ。

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