コラム

コピーライター養成講座 講師・卒業生が語る ある若手広告人の日常

公私混同計画。

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【前回のコラム「運が悪くても死ぬだけだ。(3)」はこちら】


古橋 亮羽(東京アドデザイナース コピーライター)

みなさん、こんにちは。

3月のコラムを担当させていただく、古橋 亮羽(フルハシ リョウ)と申します。
キラキラネームで、すいません。

3年半前に異業種からコピーライターに転職し、名古屋のプロダクションを経て、いまは都内で働いています。

広告に興味のなかった人間が、コピーと出会ってどうなっていったか。
を全3回にわたって書いていきます。よろしくお願いします。

休日に負けないくらい、平日も楽しくしたかった。

新卒で地元の商社に就職したのは、やりたいことがなかったからでした。
昔から漠然と“つくる”仕事に憧れはあったものの、絵心はないし、楽器も続かないし、とり立てて特技もない。そんなこんなで悶々としていた社会人3年目の春、なんとなく名古屋のコピーライター養成講座に通ってみることに。

当時は特に広告やコピーが好きだったわけではなく、短い言葉を考えて書くことに興味を惹かれての習いごと感覚でした。そろそろ何か行動を起こさないと、という焦りもあったかもしれません。

当時の仕事が嫌だったわけではないのですが、いずれ転職したい、とは考えていました。休日だけを楽しみに生きていくのが嫌だったのです。
本当は、平日と休日の境界がなくなるほどに夢中になれることを見つけたい、そう思えるものを仕事にしたい、と密かに願っていました。

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